「行きますよー、せーのっ!」

隣に並んだ彼に手を握られ、フェンスの頂上からふたり一緒に飛び降りた先は、元いた場所ではなくその反対側。
少し色褪せたプールサイドに降り立てば、やわらかく波打つ水色が視界いっぱいに広がった。


「ご、ごめん。ありがと……」

「全然いいっすよー。わ、なんか俺シオネ先輩の声聞くのはじめてかも」

キラキラ嬉しそうに私を見つめてくるこの救世主は、いつも合同で練習している男子水泳部の子。ひとつ年下の1年生。
毎日見かけるから顔はよく知ってる。

「なんでフェンス乗り越えようとしてたんですか? 鍵開くの待てばよかったのに」

「……今日部活ないから鍵開かないよ」

「え、うそ今日休みでしたっけ」

「先生が出張でいないから」

「まじすかー」

額に浮かぶ汗を腕で拭いながら、彼はリュックからペットボトルを取り出しキャップをひねる。
そのまま思い切り呷り、ごくりごくりと水を飲み込む度に上下する彼の日に焼けた喉仏を、私はぼんやりと見つめていた。



夏休み、課外授業が終わった後の午後一番。少し風があって、青い空の真ん中で太陽が一段と眩しく照っている時間。

むずむずと。身体の奥が疼いてくる。
それは喉の渇きと似ていて、けれど、水分を体内に取り込みたいわけじゃない。
私の身体ごと丸々、水の中に浸したい。
全身をあの冷たさで包み込まれたい。

そのまま呼吸を止めて。難しいことも煩わしいことも何もかも忘れて。水の一部になってしまいたい。
すごくすごく苦しくて、恋しくなるの。


今日の練習がないのはちゃんとわかっていた。それでも。

気づけば、水を求めてフェンスに手を掛けてしまっていた。