「杉崎さんは強くて逞しい。弱い所なんか少しもない」
周囲の学友達にそう思われていた。
頭が良くてスポーツも出来て、美人でカッコいいからだと親友は言ったけれど。
「そうじゃないと思う」
一目置かれているといえば聞こえはいいけど、単に近寄りにくいだけ。だから、中にはこんな風に言う人もいた。
「どこか冷たい感じで恐い…」
外見はハーフのような顔立ちだった。背も高くて、他の子より頭一つ分大きかった。だから、そんな風に思われても仕方なかったのかもしれないけど。
「実際はちがう」
本当の私は小心者で、いつも去勢ばかり張っていた。
ただそれを周りが知らないだけで…。
「レイラさん、今日何かあった?顔恐いよ」
ドキッ…
付き合い出して、三ヶ月になる彼から言われた。
「何かあったんなら話してみて。なんでも聞くよ」
人の良さそうな顔してこっちを見てる。そんな表情されると、言葉に詰まる。
「別に大した事じゃないから」
笑ってごまかす。でも、彼の目はごまかされない。
「いいから話して」
にっこり笑われる。そんなふうに、年下の特権振り飾されると、こっちは弱い…。
「子供の頃の事、思い出してただけ…」
「子供の頃の事?」
不思議そうに聞き返す。その問いかけに、うん…と頷いた。
「私、ずっと、皆に勘違いされてたの。強くて逞しくて、弱い所なんか無いって…」
お嬢様の集まった学園では、私のような子供は少なかった。
「実家の近所の人達からは、青葉に裏口入学したって囁かれてたし…」
悪い事などしてないのに、悪く言われたり思われたりしてた。
「結構しんどかった。だから時々、フラッシュバック」
過ぎた事を思い出しながら、気持ちを落ち着けていく方法を回想法って言ったっけ。なんだかそれみたいだな…って考えてた。
「学園内でも家でも、自分を抑えて生活してた。ずっと、去勢ばかり張ってた…」
溢れてくる気持ちを抑えて話す過去。彼は表情を変えず、ただじっと、黙って聞いてるだけ。
「なんでそんな風に無理するのか、自分でもよく分からなかった。ただ何事も一生懸命にやらなきゃ…て思ってはいたけど…」
周りの思うような自分でいなければいけない気がしてた。
弱さや儚さは、自分には無いと言い聞かせていた。
「意地っ張り…」
彼の声にハッとして顔を上げた。
困ったように小さく笑みを浮かべてる。その表情に、胸が切なくなった。
「自分の気持ち後回しにして、強がってばかりいる。損な性格」
優しく言われると堪えきれなくなる。本当の自分が顔を出してしまう。
「レイラさんは、生きるの下手だよね。人一倍、繊細なのに」
ポンポンって、頭撫でられた。子供の頃、祖父がよくしてくれた。
「辛い時は辛いって言おうよ。哀しい時は涙を流そう。全部呑み込まないで、吐き出して」
心を解放するように話してくれる。その言葉に、ますます胸が苦しくなる。
「素直でいこうよ。僕が全部引き受けるから」
(素直であること…)
亡き祖母の言葉が蘇る。この人は、私の大好きだった人達を思い出させる。
(それができていたら…)
目頭が熱くなる。それができていたら。
(きっと、無理をせずに済んだのに…)
溢れ出す涙を、彼が受け止める。この人は、あの人も思い出させた…。
『泣かないで玲良ちゃん…』
深くて優しい声。胸の中を明るく照らしてくれた。あの人のようになることが、私の目標だった。
(なのに、ちっとも思うように生きれてない…)
周りに関係なく、生きてみたかった。
自分を自由にしてやりたかった。
いつかはそうなれるようにと、ずっと願っていたのに…。
大人になれば、青葉を卒業すれば、何かが変わる。自分を変えられる。そう思っていたけど。
「レイラは強い」
「一人で生きていける」
「ついていけない」
そんな言葉ばかり、浴びせられた。やっぱりそれが私だと、嫌でも意識させられた。
(そうじゃない…!)
強くなんかない。一人でだって、生きていけない。
(私だって、誰かと寄り添いたい…)
キャリアが重なっていく度に、押し潰されそうになった。そんな時、誰も支えてくれなかった。
過去を清算したくても、思うようにいかなかった。
本来の私を知ろうとする人に、巡り会えなかった。でも今、目の前にいる人は…。
「意地を張らなくていいから、僕の前でだけは、素直なレイラさんでいて…」
おまじないのような言葉を言ってくれる。気持ちを楽にできる…。
こんな男性に、今まで会ったことはなかった…。
「なお君…」
年下の彼に、素直に甘えられる自分が不思議でならなかった。この人の事を、自分の事以上に大切にしたいと思った…。