「それもそうだけど。あなたに恋して、全部どうでもよくなった。胸の痛みなんて消えちゃった」


「瀬戸さん…」


僕は、そっと彼女の口元に手を近付ける。

彼女は、気が付いたのかゆっくり瞳を閉じた。



「…取れました、パンくず」


「はいっ?」


ぱっと目を開けた彼女は、思いきり眉を寄せて。


「ずっと、気になっていたんです。パンくずつけたままでしたから」


「信じられない!あたしてっきり…」


頬を両手で覆って、真っ赤に顔を染める様が面白くて噴き出してしまった。


「キスされると思ったんですか?」


「普通、そう思うじゃない!」


「キスなんて、菌の交換ですよ。僕は遠慮しておきます」


100億の菌が唾液を伝って行き来するなんて考えたたけで、ゾッとする。


「さいってい!ワケわかんない研究ばかりしてないで、少しは乙女心でも研究しなさいよ!」


涙目で訴える彼女の言うことは、最もだとは思う。


「僕は、そんな人間です」


にっこりと笑って言う。

同僚にはよく、『白衣を来た悪魔』だと言われるけれど。


「ぜっったいに、諦めないんだから!」


彼女は他の女性よりも、少々手強いのかもしれない。


.