病院のベッドで、僕は待っていた。

満ちるとの別れを。


「竜舌蘭の花を、君に見せてあげられなかったね」

それが僕の、1番の心残り。


本来なら黄色い花が咲くそれを、一緒に見上げたかったね。

だって。


「花が咲いたら、僕と付き合う約束だったじゃないか」

満ちる__。


「まだ、花は咲いてないよ」

だから____。


「もっともっと、君を口説かなくちゃいけないのに」


君は先に。


逝ってしまうんだね。

ずっと眠り続けている満ちるの目が、わずかに開いた。


ぼんやりと視線を泳がせている。

あの目だ。


赤ん坊が、お母さんを求める目。

無垢だけれど、愛を、強い愛を求める目。


満ちるは今、記憶を失った。

「君は、君の名前は…」


流すまいと決意した涙が、僕の邪魔をする。

認めてくれ。


僕を思い出してくれ。

満ちる。


僕は君の…。


「…あり、がとう」


彼女の口からこぼれた、最後の言葉。



ないはずの僕の記憶。

それなのに、満ちるの目から、戸惑いは消えていた。


そして満ちるは眠った。

もう。


思い出すことはないね。

忘れることもないんだよ。


満ちる。

ありがとう。