「とものためなんかじゃない。殴らなかったのは、誰かのためなんかじゃない。俺が怖くなったから。臆病なんだよ、腹が立ったって人一人殴れない臆病者。殴ることが怖くなっただけ。殴ったら、ともが離れる気がしてっ…………」


あたしは蒼ちゃんの頭を抱きしめた。蒼ちゃんもあたしの体を力いっぱい抱きしめて嗚咽を漏らした。


「ともを傷つける奴が許せなかった。でも、俺は何もできない。怖くなった。俺は弱いよ。俺、俺……」

「殴らなくてよかったんだよ。蒼ちゃんは、ちゃんとあたしを守ってくれたんだよ」


あたしは蒼ちゃんの額にゆっくりと口づけた。


「蒼ちゃんはあたしの代わりに昌人に怒ってくれた。それだけで、あたしは救われた。蒼ちゃんは強いよ」


蒼ちゃんがあたしの胸の中から顔を上げた。瞳がまだ潤んでいる。


「……とも」

「ありがとう、蒼ちゃん」


蒼ちゃんの瞳からぽろぽろと涙が頬を滑る。あたしは親指でその涙を拭う。


蒼ちゃんは泣き虫だ。でも、それを恥じることはない。


それが蒼ちゃんなのだ。泣き虫でも蒼ちゃんは強い男の子なのだ。