確かに、自前の車にアパートからアパートまで乗り付けるから危険度は低いんだけど。

 定位置の駐車場の空きスペースに車を停めて、階段を昇り、ドアを開ける。

 もうここへ1年通った。

 だけど、回数にしてみれば、月2回くらいだから、ざっと考えて20回くらい。

 その、全ての回で身体を交わらせた。

 そのうち、好きだという言葉をかけてくれたことは、最初の1回。もう一回はもっと抽象的な、「お前が待っててくれると思うと、仕事に行く足が鈍ることがあるよ」という一言。

 心の中では時々優しい声をかけてくれているような気がしていたが、実際はたったの2回で、その2回が頭の中を何度も巡り続けているだけのようであった。

 カチャ……。

 1人で在宅中、鍵はいつもかかっていない。刑事なのに、不用心だといつも思う。それとも刑事だから、何が起こっても対処できるからそういうところがおざなりになるのかもしれない。

「香奈、悪いけどビールとって」

 それが、2週間ぶりの最初の一言。

「…………」

 私は、キッチンから繋がるリビングの戸口で突っ立って、彼を見つめた。上半身裸で首にタオルを巻いたいつもの、いつもの恰好だ。

 それか、会社へ行く時のスーツ姿しか知らない。

 思えば、デートで外へ出たことはない。

 デートなんかしたことがない。

 休みだからと聞いて、家に来てみれば鍵が開いたまま寝ているし。

 仕方なく掃除をして、ご飯を作ってあげて、とりあえず一緒に食べて、身体を重ねて寝るだけだ。

 もう年をとっているから、休みの日くらい寝たいんだと思う。

 だけど、私がここへ来ることに、トキメキを感じたりしないんだろうかとも思う。

 彼女が家に来るのに、掃除もしないのかと思う。

「香奈? あ、ビール冷凍庫で冷やしてんだった。冷蔵庫にない…………、ってことが言いたいわけじゃなさそうね」

 泣きそうなのを必死にこらえていた。

 彼はようやくそれに気づき、立ち上がるとこちらへ寄った。

「どうした? 」

 抱き締めながら聞いてくる。

 今更……。

 限界だった。

「…………何で泣いてるの? 寂しかった? 会いたかった?」

 そういうんじゃないんだって。

「わ、悪ぃな……事件が長引いちまって。途中で何度かお前のアパートの前通ったんだけど昼間だし、勤務中だし、お前も仕事行っていないだろうし」

 思うことがあるんなら、最初からメールだけでもくれればいいのに。

「何度かメールしようとしたんだよ? でもその度に邪魔が入って……ほれ、打ちかけのメール見る?」

 なんなのそれ……。

「あ、あれっ?? わ、悪ぃ……どした? 腹でも痛くなったか?」

 顔を覗き込まれるのが嫌で、余計俯いた。

「よっし、気晴らしに飲みにでも行くか!! 俺の驕りで!!」

 もう、いい……。

 私は、彼の方など見向きもせず、玄関へ向かった。

「おい!」

 後ろから、手首を掴まれ、怖くなって慌てて振り払う。

「ちょっ、待てって」

 彼は振り払われたにも関わらず、すぐに今度は腕を掴み直すと、強引に身体を向い合せにさせ、私の顎を取った。

 再び振り払おうと顔を横に振ったが、すぐに廊下の壁が背につき、身動きが取れなくなる。

「まさか……妊娠した?」

 なんでそんなこと……。

 だが、私はハッと気付き、

「……避妊してくれてなかったの?」

 その答え次第では、全てがひっくり返るというのに。この上なく真剣に問い詰めているのに、彼ときたら、

「いや、ゴムはつけてたけど、100%じゃねーし」

と、目を逸らした。

「えっ、100%つけてなかったの!?」

「ちげーよ! 100%毎回つけてても、効果は100%じゃねーだろって意味だよ」

「…………」

「まあ、デキ婚もいいけど……」

「そんなの絶対嫌」

 私は、彼の裸体を無心で見ながら言った。

「……ま、順序通りの方がいいわな」

「順序って何よ?」

 自分の声が震えているのが分かった。

「順序っていえば、あれだろ。結婚して妊娠っていう順序のことだろ?」

「違うよ。彼女のことが好きで結婚してっていう過程が抜けてる」

「やまあそうだけど。そんなこと言わなくったって当然……」

「じゃあ聞くけど、私のこと、好きなの?」

 絶対に逸らされないと信じて、目を射抜くほど見つめて聞いた。

「んなこと、今更確認するようなことかよ」

 彼は呆れて溜息をつき、私はその瞬間ストッパーが外れた。

「じゃなんで、2週間ぶりに会ったのに、いきなりビール取って、なの?」

「えっ? ……いやあ、まあ、それは……一緒に飲もうかと……」

「私がビール飲まないの、知らないの?」

「いや、知ってるけど……」

「……私、あなたの裸かスーツしか知らない」

「え? あぁ、私服も碌なんがねえしな……」

「ここでしか会ったことない」

「そんなことないだろ。飯屋行ったことあるだろ?」

「……好かれてる気がしない。大事にされてる気がしない」

「…………」

 彼は堪えたのか、ようやく黙った。

「いつも私が会いたいと思ってここに来てるけど、ここに来たって、エッチするだけじゃない。そんで私、掃除して帰るだけじゃない! 私、一体なんなの? 」

「わ……悪ィ」

 あまりにも軽く放たれた言葉に、怒りが込み上げた。

「悪いって何よ……。何なのよ。私、出会ってから1年間ずっと我慢してきたのよ!? いつになったらもっと幸せにしてくれるんだろう、どうしたら、私と同じように好きになってくれるんだろう!って」

「……ずっとって……」

 彼のあまりにも傷ついた表情を見て、ようやく、そんな顔が見たいわけではないことに気付いた。

「私だって嫌いなわけじゃない。会いたいし、電話したいし、メールしたいし、デートしたいし。でもあなたの仕事が忙しいことは分かってる。ちゃんと分かってるんだから、だから、休みの日くらい……こういう時くらい……。彼女らしく扱ってほしいのに……」

「あぁ……」

「私に会うことを、楽しみにしてほしいのに」