部屋の空気が凍りつく。
あまあまな雰囲気はもはやない。
だって、千晶が手にしてるものは
――包丁だから。
「陽は、千晶のだよ」
「あぁ、知ってるさ」
死にたいわけではない。
人間は生きるために生まれてきた。
生きたくない人間などいない。
どんなに嫌な人生でも、生きたいものだ。
精神的にどんなに追い詰められていても、本能が生きたがるもの。
「千晶が満足するなら、殺せ」
それは、曲げられない事実なのだ。
俺を例外として。
「……」
「殺せばいいよ」
愛してるなら。
「そっかー、ありがと」
にこりと笑って。
寝転がったままの俺に覆い被さる。
「千晶は陽が大好き――大好きで大好きで大好き。
でもいついなくなっちゃうかわかんないでしょ。
いなくなるくらいなら、千晶が消してあげる」
キラリと光る刃が、目に眩しい。
また笑ってない顔。
その顔はいい。
色気すら感じる。
影にそまるその顔。
間違いなく俺が死ぬ最後に見る顔だろう。
「じゃあね、陽。
大好き」
そして刃が降り下ろされた。