何度も『ママ』と泣き叫ぶ祈の必死な声が、姿が――耳からも頭からも離れない。


祈にとっても、ぼくにとっても、美樹ちゃんという存在はただひとりのかけがえのない女性になっていた。


そのことを思い知らせてくれたのは、ほかでもない。麻生 慶介(アソウ ケイスケ)だ。

奴はおそらく、自分が出世するためには彼女が邪魔だと思ったのだろう。

どういう経緯でかはわからないが美樹ちゃんが自分の子供を身ごもっていることを知り、彼女とコンタクトを取って拘束した。

それどころか、子供をおろすよう中絶するための書類に記入させようとしたんだ。

お腹の子供の母親になる美樹ちゃんの意思を無視して……。


美樹ちゃんは何度も首を振り、泣き叫び、拒絶を繰り返していた。

その光景を思い出しただけでもはらわたが煮えくり返ってくる。


だが、別の意味で彼には感謝している。

彼がいなければ、ぼくは美樹ちゃんを手放すところだったのだから……。


後部座席で眠っている彼女たちを見ていると、慶介から美樹ちゃんを取り戻してよかったのだと、そう思えてくる。

あたたかな感情が胸を押し上げ、涙となってじんわり目から流れてくるのが自分でもよくわかった。


ぼくは涙目になってしまった目頭を押さえ、涙を引っ込めるとハンドルを握る。

そうして後部座席で寄り添うように眠っているふたりを起こさないよう、静かに車を発進させた。