彼はいつも弧を描いている口を大きく開けて笑ったあと、自分の前に突き出されたお弁当をこころ良く受け取った。



……よかった。

あたしは彼の反応を見て安心し、余計な肩の力を抜いた。


「じゃあ、行ってきます」

そして彼はあたしと祈ちゃんから背を向けて玄関のドアを開ける。


「いってらいしゃい」
「いってらっしゃい」


世間一般では休日の今日も撮影のためにスタジオへと向かう彼――日下部 潤(クサカベ ジュン)さんを、彼の娘である祈ちゃんと見送るあたしは、この生活がすっかり板についてきた。


彼と知り合ったのは先週の日曜日。

雨に打たれて熱を出したその日。恋人に振られ、仕事先と家さえも失った。

そして、祈ちゃんと潤さんに出会ってここでお世話になることになった。

だけどいつまでもこのままじゃいけない。


そう思い、誰もいない日中に赤ちゃんがお腹にいるあたしでもできそうな仕事がないかと探し回っていた。


――潤さんは、そんなあたしのことを知ったらしく、祈ちゃんの身の回りのお世話とこの家のことをする代わりに給料を支払うと言ってくれた。


もちろん、あたしは別にお金が欲しくてしているんじゃない。

この家でお世話になる間、少しでもお礼をしたくて台所に立っただけだ。

だから首を振ったんだけど、それでも彼は意見を曲げず、結局折れるしかなくなった。


少なくともあたしがこの家でお世話になっている間、一度も怒った姿を見たことがない潤さんは意外と頑固だ。