というのも、幼稚園が休みの日は祈の面倒を実家で見てもらっていたからだ。
母さんにはベビーシッター兼、ハウスキーパーを雇ったからと断りを入れなければならない。
そうしてモデルの撮影をどうにか終えた昼の1時30分すぎ。挨拶もそこそこに、撮影室から飛び出したぼくは準備室で携帯を手にすると早速実家に電話した。
『はい、日下部です』
何度目かのコール音がした後、軽快な言葉と共に聞こえてくる明るい声はもちろん母さんのものだ。
60歳は越える年齢であっても母さんは若々しい。
彼女の性格は声からでもわかるように、とても賑やかなで大らかな人だ。
母さんがそんなだからだろうか、ぼくはいつの間にかそんな女性を好むようになり、天国に逝ってしまった妻の沙良はまさにそんな感じだった。
「あ、もしもし母さん? ぼく、潤(ジュン)だけど……」
『まあ、潤、どうしたの? あなたから電話をかけてくるなんて珍しい』
「いや、あの……」
『わかった! やっとお見合いをする気になったのかしら?』
それは、母さんから毎日のように進められる見合い話。
いつまでも男手だけでは子供を育てるのは難しいと決めつけ、時間を見つけては我が家に乗り込んで来てお節介を焼いてくる。
――そう、母さんはお節介がとても大好きな女性でもあった。
『見合い』
母さんが告げた、そのたった3文字で、ふとぼくの頭に浮かんだのは沙良のことでもなければ祈でもない。