私の前に立ったまま、彼はキャリーケースを足元に置いて辺りを見回した。
駅の広々としたコンコースには新入社員の彼と私、腕章をつけた先輩社員が五人。そのうち二人は、社名入りの小旗を持って立っている。
「俺、一番乗りですか?」
彼が視線を戻して、にこりと笑った。まだ朝六時前だというのにまったく眠気を感じさせない、すっきりした笑顔が憎らしい。
憎らしいけど、ちょっとヤバい。
「そうみたいだね、一番乗りおめでとう」
危うい気持ちと彼を突き放すように言い放ち、手にした名簿を開いた。視線を落とすと同時に、名簿の白い紙面に黒い影が映り込む。
頭上に感じる温もりと息遣いに、なぜか胸がざわめき始めた。
一緒に覗かなくてもいいから。
早く名乗ってよ……
胸の中で渦巻いているのは苛立ちと、もうひとつ。わかりそうでわからない変な気持ち。
ふいに視界に飛び込んだ指が、名前を指し示した。
「坂木勇平(さかきゆうへい)です、よろしくお願いします」
はきはきした気持ちの良い声が降り注ぐ。