彼女にありがとうを伝えるため、名前を呼ぼうとしたら、まだ彼女の名前を知らないことに今さら気がついた。
「ぼくは潤。日下部 潤(クサカベ ジュン)。この子は娘の祈。君がいてくれて助かったよ、ありがとう」
椅子に座って祈を抱きしめ直し、そう言ったとたん、彼女は細い肩を震わせた……ような気がしたのは、見間違いだろうか?
どうしたのかと様子をうかがっていると、彼女は口をひらいた。
「あ、あたし、森本 美樹(モリモト ミキ)っていいます」
彼女がまた微笑む。
だが、ぼくは気がついてしまった。
ふっくらとした唇の口角は上がっているけれど、自然な笑みではなく、大きな二重の目はここではない遠くの方を見つめ、虚ろだということと、
彼女が今見せているその微笑みは偽りのものだということを――……。
「パパ、イノ、スパゲットたべる」
彼女――美樹ちゃんになんと声をかけていいのか戸惑っていると、ぼくの腕の中にいた祈はモソモソと体を動かした。
ぼくの膝上にいた祈を椅子に座らせ、ティッシュをボックスから2、3枚抜き取ると、ボロボロと大粒の涙を流した目や泣いたために出てきた鼻水やらを拭ってやった。
そうしてスパゲッティーとフォークが乗っている皿をフローリングから持ち上げ、目の前に置いてやる。
祈は今度こそ満面の笑顔を見せて美味しそうに食べてくれた。
――よかった。