「…………これ」



渡したのは、あの日。
俺を奈落の底まで突き落としたあの日。




受け取った退職金と言う名の手切れ金。


一円も手をつけていなかった。


「どうしたの、こんな大金!」


突っ返そうとする鈴恵さんを制して、俺は首を振った。


「………俺。
ここで育って、よかった。
何も言わずに受け入れてくれて、本当嬉しかった。

何も出来なかった、俺の感謝の気持ち」


鈴恵さんは、ぎゅっとくしゃくしゃになった封筒を握りしめる。


「いらなかったら、どっかに寄付でもしてあげて」


綺麗な、お金ではないかもしれないけれど。


自分では使えない。
使いたくない。


これは自分で稼いだ金じゃない。




どうか、これで誰かが少しでも助かるなら。


誰かが笑えるなら。

それならば。



俺のあの日の出来事も、よかったことなのかと思えるかもしれないから。