加絵さんはわずかな嗚咽を漏らすと顔を上げ、樹さんを見つめた。
「ここを……私の居場所にしていいですか?」
居場所……かぁ。
私も、このカフェをそうしたいと思っていた。彼女も同じ気持ちなんだ。
樹さんは彼女を身体から離すと、そっと頭を撫でた。
……私の胸がまた焼けついているなんて、彼はきっと思ってもいないのだろう。
「加絵ちゃん、とりあえずコーヒーを淹れるから、落ち着こうか。ゆっくり話を聞かせてよ」
樹さんは彼女を窓側のソファ席へ座らせると、静かにネルドリップでコーヒーを淹れ始めた。
話なんて聞かなくてもいいじゃない。また嫉妬心が顔を覗かせる。
このお店は樹さんのものだから、誰を招き入れるかは彼が決める。
そんな当たり前のこともわからなくなっているなんてどうかしてる。
私は私の居場所を探さなくちゃ。
「樹さん、ごちそうさまでした」
「あっ、千穂ちゃん!」
「私……もう少し頑張ります」
樹さんは少しだけ瞳を丸くした後、優しく微笑んで頷いてくれた。
「うん。千穂ちゃんがしたいようにすればいい。俺はここで待っているから、辛くなったらおいで」
「……ありがとうございます」
樹さんの温かな笑顔と言葉に心が軽くなる。ソファ席の加絵さんからは複雑な視線が送られていた。
お店を出て、駅にある就職情報誌を手に取って家路についた。