慌てて受話器を置き、驚きながらドアを開ける。ムッとする梅雨の空気の中に、快が立っていた。
「電話したけど……出なかったから」
「あ……シャワー浴びてて」
「そうか」
言いながら快が靴を脱ぎ始める。瀬奈は急いでリビングのクーラーをつけた。
「今日も一人?」
「うん……あ、そうそう、お母さん、おじさんと再婚して、この家出て行くんだって」
「え……」瀬奈の報告に快が目を見開く。
「一緒に行くのか?」
「まさか! あたしは行かないよ。ここで念願の一人暮らし!」
少し嬉しそうに瀬奈が言う。しかし、そんな瀬奈とは対照的に、快は無反応だった。
「あ……ごめん」
そんな快の様子に気付き、瀬奈の浮かれていた気持ちが一気にクールダウンする。彼女は快の現実を思い出した。
「快……」
黙ってうつむいたまま、快が貝になる。瀬奈はそっと、快の手を握った。
「大丈夫?」
『うつ病? 何だ、"怠け病"か!』
瀬奈の言葉に快は答えない。瀬奈は快の手を握る手に力を込めた。
「瀬奈」少し間をおいて、快が口を開いた。
「俺って……駄目人間だ」
更に間をおいてポツリと呟く。瀬奈は息を飲んだ。
「寝てばかりで何もしない。"怠け"てるって言われても仕方ないよ」
「そんな事ない」
うつむいてゆく快の言葉を、瀬奈は静かに、が、強い口調で否定した。
「快は"怠け"てなんかない! 少なくともあたしは知ってる! ただ怠けてるだけで、こんなに痩せたりしない!!」
「……」
快がゆっくり瀬奈の方に体を傾ける。瀬奈は肩にしなだれかかってきた快を優しく抱き締めた。
――快。
まだ"うつ病"にも"不安神経症"についても全然知識がない。しかしこの瞬間、瀬奈は決意していた。
――あなたは、あたしが守る!
快の前髪が、クーラーの風に頼りなく揺れている。瀬奈は彼の髪を優しく撫でながら、唇を噛んだ。
――例え"うつ病"と"不安神経症"がどんな病気でも、必ずあたしがあなたを守る!!