――遠ざけてんのは、あたしだけじゃなかったんだ……。

 車窓を流れる景色が、瀬奈の中で色をなくしてゆく。快が食事できずに点滴を受けていたという事実を、爽に聞かされるまで、瀬奈は知らなかった。

「快……」

 両手を握って拳を作り、快の名を小さく呼ぶ。

 ――点滴なんて……大丈夫なの……?

 モードを切替え、無理矢理抑え込んだ快への愛情がムクムクと頭をもたげる。愛情に加え、爽から聞いた話でプラスされた心配と寂しさで、彼女の胸は押しつぶされた。



「快」

 瀬奈と別れた爽は自宅に戻るなり、快の部屋のドアをノックした。「起きてるか?」

 爽の問い掛けに快からの返事はない。爽は構わず続けた。

「さっき、バス停で瀬奈ちゃんに会ったぞ。お前の事、心配してた」

 そう言い残し、爽はその場を後にした。一方、遠ざかる足音を聞きながら、ベッドの上で快はゆっくり瞳を動かした。ぼんやりと天井を見上げる。

 ――心配……俺を……。

 もう何日もこの部屋にこもっていて、まともに瀬奈の顔を見ていない。頭の中ですっかり埃をかぶり、錆つき始めている思考回路の電源を入れ、瀬奈の事を考えようとするが、まるで接触不良のように思考が寸断され、たち上がらない。

 ――駄目だ……。

 一度入れた電源を再びオフにし、ゆっくり目を閉じる。瞼の裏に広がる大きな闇。快はまるで海の底にいるような深い闇の奥へと身体を沈めていった。



「うーん」

 カラオケボックスに向かいながら、瀬奈から話を聞いた菖蒲が、難しい顔で唸った。

「それって、絶対変だよね」

「うん……」

 菖蒲の言葉に瀬奈が下を向く。顔も知らない医師に対して、未だに強い憤りを感じる。と、そんな瀬奈の横顔を見ていた菖蒲が、ポンと瀬奈の肩を叩いた。

「心配だろーけど、思い詰め過ぎると今度は瀬奈がつぶれちゃうよ。今だけはバーッと忘れてカラオケで発散しよ!!」

「うん……」

 菖蒲の言葉に瀬奈が弱々しいが笑みを見せた。

「さぁ、フリータイム目一杯使ってガンガン行くぞ~っ!!」

 まるで瀬奈を力づけるように、菖蒲が明るく言う。瀬奈はそんな友人に感謝しながら、再度気持ちを切り替えた。