女性職員が書類らしき紙が挟まれたクリアファイルを差し出す。

「……はい」

 どうやら、クリアファイルに挟まれているのは、以前、受診した時のカルテらしい。よく見れば、表面のポケットには診察券が入っていた。

「場所は判りますか?」

「はい」

 快はクリアフェイルを受け取ると総合待合所を出。すぐ側のエスカレーターを上がり、リノリウムの長い廊下を進んだ。精神科はこの先にあると、予め調べて知っている。しばらく歩くと左手に、精神科と書かれた札と、ソファが見えてきた。

「……お願いします」

 女性職員に言われた通り、クリアファイルを精神科の受付に出す。しかし、受付に人影はなく、快は仕方なく近くのソファに腰を下ろした。もう、後戻りはできない。そう感じた瞬間、何だか胸が苦しくなり、まるでどこかに投獄されてしまったような気持ちがした。

「神童さん」

 受付に看護師が現れ、快が提出したカルテと診察券を見て名前を呼ぶ。快が立ち上がって受付に行くと、看護師が問診票を手渡してきた。

「判るところだけでいいので、これに記入して出してください」

「……はい」

 渡された問診票を眺めながら返事をする。が、快の手は名前を書いたところでピタリと止まってしまった。

 既に疲弊し、猛烈な怠さに襲われていた。文字などとても書けそうにない。その前に思考もできそうにない。快は問診票を横に置くと大きく息を吐き出し、額に手を当てて目を閉じた。小さい文字を読むのがたまらなくおっくうだ。結局、殆ど何も書かないまま、快はそれを受付に戻した。



「神童快さん」

 どれくらい待たされたのか、名前を呼ばれた快はハッとし、待合室のソファから立ち上がった。

「中へどうぞ」

 看護師に促され、ゆっくりした足取りで診察室へ向かう。

「おはようございます」

 診察室に入った快に医師がそう声をかけてくる。そこは、小さな白い診察室だった。デスクの側、椅子に座った男性医師が、快を待っていた――。



 夕方、部活を終えた瀬奈が帰宅すると、玄関の側に快が立っていた。

「ごめん! いつから待ってたの?」

 瀬奈が慌てて駆け寄る。

「ホントごめん、随分待ったんじゃない?」