快と二歳上の兄・爽(そう)は、子供の頃から"出された物"は全て食べる子で、ついこの間まで快もそうだった。

 ――具合でも悪いのかしら。

 ラップをかけた皿を冷蔵庫に入れる。リビングでは父親の耕助(こうすけ)と爽が野球中継を見ながら、くつろいでいた。



 ――食欲がない……。

 ベッドに横になり、頭の後ろで手を組んで天井を見つめながら、快は溜め息をついた。

 ――俺、絶対おかしい。

 あの日以来、どうにか頑張って学校に行ってはいるが、一時間の授業時間を耐えるのもやっとで、内容は全く頭に入らない。最近は教室に居られず、屋上でサボる事が増えていた。そうしないと授業中に叫び出しそうで、一時間の授業が終わるとまるで逃げるように、屋上へと足を進めるようになっていた。

『快、大丈夫?』

 瀬奈も快の異変に気付いているらしく、最近、マメに連絡をくれる。不意に、たまらなく瀬奈に会いたくなり、快は携帯電話を取ると彼女に電話をかけた。

「――俺、今から逢えない?」

 快の言葉に、通話口の向こうの瀬奈が二つ返事で電話を切る。家が近所の彼女はすぐに快の家へやって来た。

「こんばんは、あの、快は――?」

 玄関で出迎えた紗織に瀬奈が尋ねているのが聞こえる。やがて、快の部屋のドアがノックされた。

「快」

 返事をすると瀬奈が入ってきた。しかし、電気の点いてない暗い部屋に驚いたようで、一瞬、足を止めたようだった。

「入るね」そう言いながらドアを閉め、快が横になっているベッドに近付いて来る。快は彼女の手を取ると強く引き寄せ、ベッドに引き倒すと、のしかかるように彼女を抱き締めた。

 突然の快の行動に驚いたのか、一瞬の間の後で、瀬奈が彼の背中に腕を回す。しかし次の瞬間、彼女は驚いたように体を硬くした。

「……どうした?」

「――ううん、何でもない」

 互いに声を潜めた会話。瀬奈は小さく首を振って、再び快の背中に腕を回し、それからゆっくりと、腰へと腕を移動させ、また背中に戻した。



 快の背中が、少しだが薄くなっている。筋肉質で、それなりに厚みのあった快の背中が、わずかにだが薄くなっている。