以前、苅谷に押しつけられていた試写会の席。彼女の好みはわからないが、女性に人気のある作品だと聞いていて、これは使えると思っていた。
案の定…というか、予想外に泣き出した彼女に俺は動揺した。女が泣く事に動揺したのは初めてだが、それ以上にこの場で抱き締めたいほど愛しく感じた。


パウダールームから戻った彼女は気恥ずかしげに笑う…。

「すいません」
「いや、そんなにあの映画はよかった?」
「はい!公開されたら絶対観に行こうと思ってたんです」
「喜んでもらえてよかった」
「ありがとうございました…巽さんには…退屈だったんじゃないですか?」
「そうでもない…隣の女の子の表情を観ていられたからな」
「っ」
「観応えがあった」
「もう、巽さんっ」

照れて膨れても可愛い事に変わりはない。
ランチは隠れ家のような洋食屋にした。旨そうに半熟たまごのオムライスを頬張る姿…唇に触れるスプーンに柄にもなく羨望を覚えた。

それからこの界隈で最大級の規模のショッピングモールに向かう。

「昨日から言っていたお礼の代わりに俺の頼みを聞いてくれないか?」
「私に出来そうな事ですか?」
「ああ、勿論。と言うよりどうしても君がいい」
「何ですか?」
「来週末に俺の大学時代の後輩の結婚披露パーティーがある。そこに俺のパートナーとして、出てくれないか?」
「パーティー…?」
「何の心配もいらないから、君は身一つで来てくれればいい」
「私が…巽さんのパートナー……」
「ああ…是非君に」

少し返答に困ったのか俯いた。ちょうど信号が変わり、俺は彼女を覗き込む。

「そんなに重く受け止めなくていい…立食形式だからテーブルマナーは心配ない。衣装や小物、ヘアメイクも手配は俺がする」
「……ホントに」
「?」
「ホントに私で?」
「君がいいんだ」

また信号が変わり、動き出したと同時に彼女が口を開く。

「私でよければ」
「ありがとう」

ショッピングモールに着いてすぐ、ブティックに向かう。いくつかドレスを選んでスタッフに指示すると、彼女は不安げにスタッフに連れられてフィッティングルームに向かった。
どれもよく似合っていたが、黒いシルクのドレスが一際目を惹いた。ストラップレスに胸元や裾にはふんだんにレースが使われ、ドレープの効いた足下は足捌きも良さそうだ。腰には細いチェーンが緩く何重にも巻かれて、括れを強調する。黒のショールとピンヒールパンプス…完璧などこぞのご令嬢だ。

「こんなの…初めてだから…恥ずかしい」
「…最高に……綺麗だ…これを一揃い。来週末にまた来る。その時にはヘアメイクも頼む」

彼女が着替えている間に、カードでさっさと会計を済ませる。パーティー当日が楽しみだ…。

「お待たせしました」
「疲れたか?」
「ちょっとドキドキしましたけど、大丈夫です。貴重な体験です」
「それならもう一つ。その後輩に贈る結婚祝いを一緒に選んでくれないか?」
「私でよければお手伝いします」

微笑んだ彼女に腕を差し出せば、控えめに手を添えられた。彼女に合わせて歩く…傍目には恋人同士に映るだろうか…?

ギフトが並ぶ店に入り、ぐるりと見渡すがタオルやら食器やら…趣味や他のインテリアに合わない場合があるので無闇に選ぶのは得策とは言えない。

「どんな方なんですか?」
「キャンパス一の美人だと言われていたな…何でもそつなくこなす機械のようなイメージがあった。今は結婚相手の秘書を務めている」
「ん……よかったらうちで豆とかどうですか?タンブラーや簡単に水出しアイスコーヒーを作れる器具もありますし」
「下手に何か残るものを贈って気を遣わせるより、その方が使えていいな」

俺たちはギフト専門店を出て、モールにあるカフェに向かう。彼女も一度、木下と来たらしい…言うなれば敵情視察、だが……。

「店長がうちは負けてないって言い張るんです。明らかに規模も席数も倍近いのに」
「負けず嫌いだからな、アイツは」
「でも広い代わりに目が届かないところが多いから、やっぱりうちは負けてないですけど」
「俺には君がいるだけで、どんな店も敵わないと思うが」
「そんな…私なんてまだ二年目の新人同然です。店頭経験もやっと一年で、それまではずっと講義ばかりでしたから」
「そうじゃない。君の存在に意味がある…君がいるから日に二回通っているようなものだ」
「っ…巽さん…」
「君は俺の癒しだ」

赤面させてばかりな気がするが、事実であって決して大袈裟でも社交辞令でもない。本心だ。彼女はあまり信じてはいないようだが…。

「早速、君の言ったフェイバリットのギフトを見繕ってくれるか?」
「はい。お店に在庫もありましたから、すぐにでもセット出来ると思います」

そうして俺たちはショッピングモールを出て、フェイバリットに向かう事にした――。