そして青年は、さっさと部屋を出て行こうとした。


「ちょっと用事を思い出したから、そこで待ってて」


優しく笑んで、青年は部屋をあとにした。







ホテルの一室のドアを閉めると、青年は感情の宿らぬ面差しで、人差し指と中指を立て、それを唇に当てる。

歴史や神道、忍術上でいうところの、

いわゆる『刀印(とういん)』という、印の一種である。


印というのは、その昔、修験者や法師、陰陽師といった霊的職業者の信仰上における動作の一つである。

これを手で組み、口元で呪(しゅ)とかいうまじないを唱えることで、神仏の力を借り、あるいは妖しげな術を行使できる。


ーーと、されている。



そして青年は、その口元で、妙な呪を紡ぎ出した。



「ナウマク・サンマンダ・ジチリエイ・ソワカ……」


ナウマク・サンマンダ・ジチリエイ・ソワカ……

ナウマク・サンマンダ・ジチリエイ・ソワカ……


青年の隙間風のような声が、無人の廊下にこだました。