ケータイ小説 野いちご

シスター・オルランドへの手紙

リルは目を上げて、声の主を見上げた。
そして、ためらいながらも、くちびるを動かしてみる。

……ずっと考えて決めたの。
シスターは、わたしを助けてくれたの。

髭だらけの顎が、ゆっくりと頷く。

それに、ずっとここにいるわけにはいかない……。

「どうして?」
テディが、リルに問いかけた。

だって……。
アン義姉さまは、すてきなひとだし、とても優しくしてくれる。
でも、ここはもう、兄さまと義姉さまの家だ。
アーサー兄さまも、ヘンリー兄さまも、あたらしい家族とここを去った。
ずっと、わたしがここに居続けるのは、あまりいいことじゃない。

そんな風に、懸命に、リルはくちびるを動かした。
そしてふたたび俯きうなだれる。

……なにより。
オーガスト兄さまは、わたしを許して下さらない。お父さまとお母さまを奪ったわたしを、決して。
わたしが、わざと話をしないとお思いになっているくらいなのだから。

と、顎先に指が添えられ、リルはくいと上を向かされる。
熊髭の大男が、目を細めて微笑んでいた。

「イエス様以外に、嫁ぎたい人はいないのかい? リル」

……口もきけないわたしを、誰がもらいたいなんて思うでしょう。

心の中で、リルはそう応じる。
と、リルの喉の奥が切なく締め付けられた。

こんな時に泣きたくなったりするなんて……どうしよう。

溢れる涙がこぼれ落ちてしまわないようにと、リルは懸命に身体を固くする。
大きな手が、震えるその肩に添えられた。

「いままで、誰も言ってくれなかったのなら、俺が言おう……リル、君のせいじゃない」

リルは、弾かれたようにテディを見上げる。
焦げ茶の瞳をかすかに揺らめかせながら、テディはリルを見つめていた。

「オーガストもヘンリーもアーサーも。誰も言ってはくれないのだろう? リル。あの悲しい事故が起きたのは、君のせいじゃないんだ。伯爵夫妻が亡くなったのは、君のせいじゃないよ」

堪え切れなくなったせつなさが涙となって、とうとう、リルの瞳からこぼれ落ちた。
頬を伝い、か細い顎からきらめく水滴となって、いくつもいくつも、床の上へと滴り落ちる。

リルは、テディの上着の袖を握りしめながら、泣きじゃくり始めた。

「いいんだ。君はなにも悪くない、リル。怖かったんだろう? 泣いていいんだ」

低く囁くように繰り返しながら、テディはリルの背をゆっくりと撫で続ける。

やがて、泣きつかれたリルが、ふと我に返った。
テディの胸にうずめていた顔を、ゆっくりと上げ、おずおずと身体を離す。

そして、どうしていいか分らぬまに立ちつくすリルに、テディが明るく問いかけた。

「そう言えば……手袋が届いたそうだよ。アンが君を探していた」

……手袋?

ああ、そうだ。
そもそも。
夜のドレスに合わせた長手袋をあつらえるという口実で、街に出かけたのだった。

どうもありがとう。
指先で、睫毛の上の涙を拭いながら、リルはくちびるを動かす。

と、テディが続けてリルに言う。

「そうだ、ダンスの一曲目は、俺と踊ってもらえるかな? リル」

踊る?
リルは、思わず瞬きをして、首をかしげた。

……そうだった、アン義姉さまは、夜会を開くおつもりだったんだ。

そう思いいたり、リルはすかさず、盛大に首を横に振った。

踊れないわ。ダンスは苦手なの。
と、くちびるを動かしながら。

「おや? 実は俺はダンスは得意でね、それならレッスンをしよう。明日、ここで。いまくらいの時間に。いいね?」

そう言い放つと、リルの返答も待たず、テディはさっさと読書室から出て行った。


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