ケータイ小説 野いちご

シスター・オルランドへの手紙

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「やあ? そこにいたね、本箱のお姫さま」

戸の隙間から、明るく呼びかけられる。
なにがそんなに楽しいのか、低くて太くて、それでもどこか唄うように弾んでいる声。

外側から戸が開かれる。
一斉に光が差し込んで、リルは眩しさに、思わず目を細めた。

「驚いた、君はまだそんな小さな場所に入り込めるのかい?」

読書室の書棚の一番端。

背表紙のだまし絵が描かれている隠し扉の中は、不揃いな本や雑多な物をしまうための場所だ。
幼いころから、リルは、そこを自分の隠れ場所にしていた。

……でも。
このひとは、どうしてそんなことを知ってるんだろう?

リルは、かがみ込むようにして自分を見下ろす、髭の大男を見上げる。

どうして? と。
リルのくちびるが、そう動いたのかもしれない。

テディはちいさく肩をすくめて見せると、こう応じた。

「ちいさな頃、君はいつもここに隠れてたろう? さすがに今の俺では、そこに入るのはとても無理そうだ。リル、こっちの明るい方に出てきてくれないかな? どうぞ、よかったら」

紳士的で、丁寧な頼み方だった。
リルは、素直にその言葉に従う気になる。
身体を動かそうとしたとき、ドレスの裾がどこかに引っかかった。

すぐに、テディがそれに気付く。長い腕が、リルの方へと伸びてきた。

「ああ、じっとして。リル、ほら。ここだ」

そしてそのまま、リルは抱えられるようにして、戸棚の中から引っ張り出された。

「思い出さないかな? 前にも、ここから出られなくなっていた君を助けたことがあったけど」

……前にも?
テディの言葉が、リルの心の何かに触れた。

「その手紙には、素敵な事は書いてあったかい? なにもあんな暗いところで読まなくても良いのに」

テディにそう問いかけられ、自分がしっかりと便箋を握りしめていることに、リルは改めて思い至った。

……別に悪いことをしているわけじゃない。シスターと手紙をやりとりすることは、ちっとも悪い事なんかじゃない。

そうは思うものの、なぜだかひどく決まり悪くなり、リルはその手を、そっと後ろに回す。

手紙は、もちろんシスター・オルランドからだった。
先だって出した手紙の返事。リルはどれほど、これを心待ちにしていたことだろう。

――あなた個人の信仰の問題とはいえ、大切な家族をないがしろにしてはいけません。

オーガストに、修道院行きをひどく反対されたことについて、シスターからの返事には、こう綴られていた。

――ここに来るのは、もうすこし、みなさんの理解を得てからにすべきです。
お兄さまも、あなたのことがご心配なのですよ。

いいえ、違うの、シスター。
オーガスト兄さまは、わたしのことが、お嫌いなだけ。
だったら、もう。
わたしのことなど、放っておいてくれたらいいのに。

……ダチェット伯の体面にかかわるから?
だから、こんな風にわたしを責めるの?

沈み込むリルの頭に、そっと大きな掌が触れた。

「リル……どうして、修道院に行きたいと思うんだい?」

その声は、ひどく優しげだった。髪を撫でる手は暖かい。
けれど、リルはただ、睫毛を震わせて俯いていた。

またしても、テディの声が上の方から降り注ぐ。
「言ってごらん、どうやってでもいい、伝えようとしてみて? ちゃんと聴いているから」


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