ケータイ小説 野いちご

シスター・オルランドへの手紙


「……ダチェットにもう少し滞在できるようお引き留めしたこと、感謝して頂きたいわね」

「もちろん、ご親切なおもてなしには感謝しているよ。コンテッサ(伯爵夫人)
応じるテディの声は、相変わらず一点のくもりもなく朗らかだった。

アンが、さらに言葉を継ぐ。
「まだしばらく時間がご入り用かしらと、気をつかってみたんですわ? たとえば、執務室の書類を調べ回るのやなにかに」

「ああ、あれは、ちょっとしたついでの調べ物さ?」

ついで? とアンが口の端を引き上げる。

「そっちの方がここ(ダチェット)への招待に応じた主な目的かと思ってましたわ。それとも……レディたち(わたしたち)にちょっかいを掛ける方が、主だったのかしら?」

テディは、顎髭に親指と人差し指の腹をあてたまま、しばしの間、黙り込んだ。
髭に隠れた口元は笑っているらしかった。

「……君ってひとは、相変わらず。本当に頭が良いね、アン。オーガストなんかに持って行かれてしまう前に、君に求婚しておくのだったよ、口惜しいな」

「よくもまあ、そんな心にもないことを? 私なんて、まるきり興味の対象外だったくせに」

アンの言葉に、ひがみっぽいところは微塵もない。どちらかというと、ごく古い友人への軽口とでもいった口調だった。

「もしダチェットのことを、あなたがあれこれとお調べだとしても。それについては、わたしはあまり心配はしていないの。テディ、あなたのことは知っているつもりだし、信じているもの。でもね」

「でも?」
心外、とでも言わんばかりに、テディが肩をすくめて見せる。

「リリアンのことよ」アンが即座に切り返した。
「信じて良いのね?」

「なにがだい、アン」

「私に軽口を叩いてオーガストをからかうのとは、わけが違うってこと。これ以上、おふざけであの子をかまうつもりだったら、もうよして。今、リルの心を傷つけたりしたら……色々なことが取り返しがつかなくなるわ」

きびしく投げつけられたアンの言葉にも、テディは無言のままだった。
ただ、黒目がちな大きな目を瞠って、アンを見下ろしている。

アンは、いま一度するどい視線でテディを見据えた。

そして、傍らに佇むその髭面の紳士が、自分のために店の扉を開けるのを、毅然と首筋を伸ばし待ち構えた。

< 35/ 97 >