・・・・・・一言で言うと、崖でした。


山奥にある高い高い断崖絶壁を、私と健介君は登っていました。
命綱はありません。
岩の出っぱりを便りに、手足を駆使して、上に向かって登ってゆきます。


いわゆる、フリークライミングです。


厳しい岩壁を二人は無言で登ってゆきます。
強い突風が吹きつけてきます。時々、獰猛なカラスの鳴き声が聞こえてきます。二人の距離は結構縮んでますが、手をつなぐ余裕などありません。そんなことしたら死にます。


私がイメージしていたデートと、だいぶ違います。


これって、本当にデートなの?


私は疑問を抱きました。


もしかして、健介君、何か勘違いをしてるんじゃないかしら?


そう思ってぼんやりとした時です。


突然、足元の岩が砕け、私はバランスを崩しました。


「きゃっ……」
「危ない!」
健介君がとっさに私の手を掴んで、私が落ちるのを防いでくれました。
「大丈夫?」
「う、うん」
私は、顔を赤らめながら、体勢を立て直しました。手をつないでみたいという希望が、思わぬ形で叶いました。


そのあと、私と健介君は、お互いをサポートしながら慎重に崖を登り続け、やがて頂上に辿り着きました。


「うわあ……」
私は感嘆の声をあげていました。


崖の上には、美しく雄大な草原が広がっていました。青々とした野草が、風に揺れています。あちこちに小さくてかわいらしい野花がたくさん咲いています。


「ここに来るのは、中学の時、親父との山籠もりで登って以来だな」
健介君が、懐かしそうにつぶやきました。
「え、健介君もやったことあるんだ?山籠もり」
「え?南斗さんもやったことあるの?山籠もり」
「うん、高校に入る前にね、お母さんに教えてもらった山籠もりダイエットをやってみたの」
「へえ、そんなダイエットがあるんだ!ははは、すげえ、どんなことするんだ?」
「うん、まずは雨風が防げる洞穴を見つけてね……」


しばらく私達は、山籠もりの話で盛りあがりました。