素直に喫茶店かファミレスで親が寝静まるまで時間を潰そうか。明るい場所は今の気分に合わないけど、ここよりマシかもしれない。

そう考え引き返そうとしていると。

「帰りたくないって顔してるね」

柔らかな声に呼び止められた。驚いて声の方を振り向くと、一軒の雑居ビルの前で、一人の男性が看板らしきものを立て掛けている。

黒髪にゆるいパーマをかけ、黒目がちな瞳に、筋の通った鼻と形のいい唇をしていて、どこのモデルかと思うほどスタイルがいい。

例えるなら黒猫。魅惑的で、近づけそうで近づけない妖艶さがある。私は一瞬にして目を奪われた。

この廃れた路地にイケメンがいた。

それはラッキーだけど、男の持つ雰囲気に呑まれ、喋ることもできずに呆然としてしまう。

すると男は、白い歯を見せてにっこりと微笑み、こちらに近づいてきた。

「帰りたくないなら……俺のとこに、おいで」

目を丸くしている私の手首を、大きな手の平が絡め取る。

「たっぷり、癒してあげるから」
「癒すって……ちょ、ちょっと!」

手を振り払おうとしても、男の力が強くて逃げることができない。結局、引っ張られて、ビルの中へ連れ込まれてしまった。

わ、私……どうなるの!?

中へ入る瞬間に見た、男が立て掛けた看板には『caféサプリ』と書いてあった。