「被害者(がいしゃ)は、神崎ヒロト、25才。
 俳優・タレント事務所『エトワール』所属の俳優です。
 死亡推定時刻は、昨夜の25時……今朝の午前1時頃。
 チョコレートに混入された即効性の毒を摂取した、服毒死と考えられます」

「……ああ」

「生前、神崎は人気のある俳優でしたが、女遊びを中心に素行が悪く、恨まれることも多かったようです。
 遺書はなく、現在の仕事は映画の撮影ですが、周囲から『どんな役でも演じられる天才俳優』とおだてられ、本人も機嫌よく、順調でした。
 神崎に死ぬ理由がなく。
 三年前にも、妻を寝取られた製薬会社の社長が怒り狂い、神崎宛に毒薬を送りつけて、殺人未遂で起訴されている以上。
 今回も、熱狂的なファンや、ストーカー化したかつての恋人、あるいは、恨みを持つ者の犯行、他殺と見られていましたが……」

「違うのか?」

 上階から降りて来るエレベーターの階数を眺めながら、ベテラン山村が問えば、安藤は重々しくうなづいた。

「鑑識が、自殺の線で洗え、と」

「……ほう」

 興味深げに目を細める山村に先を促され、安藤は言葉を続けた。

「死に至ったチョコレートは、ファンや仕事場でもらったものではなく、十三日にわざわざ自分で買ったようですね。
 同じ日に買った等身大の鏡と一緒に、チョコレートのレシートも、神崎の財布に入っていました。
 毒の成分は、以前製薬会社社長が送りつけて来たのと同じヤツで、残りが、神崎の部屋の鍵のかかった引き出しから出てきました。
 周辺には神崎自身の指紋しか、検出できませんでしたし。
 他の、さまざまの要因から鑑みて、神埼が自分で買ったチョコレートに、前にくすねておいた毒をふりかけて、食べたとしか考えられないそうです」

「しかし、自殺でもありえないんだろう?
 じゃあ、なんで神崎ヒロトは死んだんだ?」

「……それが全く判らないので、非番の山村さんを引っ張りだしたんじゃないですか。
 あなたには、このナゾが解けますか?」

 困り果てた顔の安藤に、山村は『オレだって探偵じゃないからな』と肩をすくめた。