知るかー!!!!!!

「し、仕事ですか? 次の仕事があったんで。その前の仕事を早く終わらせて……」

「終わらせて、食事に? 紗羅ちゃんと?」

「え、だから、服を取りに」

「服から離れないねー。んじゃなんで服取りに来―たか?」

「だから仕事で使うから?」

「使わないって今言った」

 いや、言ってなかったよ? それはいいから、とかいう感じで誤魔化してたよ?

「会いに来たんだよ。紗羅ちゃんに。さっきはユウジ誘うことになって不本意だったけど」

「え、ユウジさん誘うの嫌なら断れば良かったじゃないですか」

「でも紗羅ちゃんが呼びたかったんでしょ? だから呼んだんだけど」

「え、でも、私は確かに呼びたかったけど、主催者のハルトさんが嫌なら断るかなあと思ったり……」

「あのね、僕は君中心で動いてるの」

 嘘つけ!! 思いっきり自分中心でしょこの人!!!!

「いや、そんな……」

「そんな、何?」

 突然助手席のシートに手をかけてきて、距離が一気に縮まる。無意識に身が強張った。

「分かんないかなぁ、僕が言いたいこと」

 左肩に手を置かれ、怖くて顔が見られなくなる。

「顔上げて……ほら。顔あげな」

 逆らうことができず、息が苦しい。

 私は視線を伏せたままで、顎を少し上げた。
 
「この前のキス、いやじゃなかった?」

「え……」

突然核心を突かれ、どきりと胸が鳴る。

「え、あ……まあ……。別に……」

 いや、多分この人は、自ら食事を誘いたくなるような女性には、手早く、その時の雰囲気を読んだつもりでキスなんかしてしまうのだ。だからこちらは一々反応せず、キス=好きだなんて概念は捨てて……。

「僕は好きだから、紗羅ちゃんのことが。だから今日、仕事早く切り上げたんだよ」

…………。

…………。

「……」

 あ、へえ……。

「びっくりした?」

「え、あまあ……」

 多分ここで、冗談やめてくださいよー、と言うとキレる。そんな気がして冗談にはできなかった。

「じゃなかったら、キスなんてしないよ」

「へー……」

 あ、意外に硬派なんだ……。

「へーって(笑)。いやだった?」

「いやあ……」

 嫌というか、それはどういうことなのかと。

「いやあって(笑)」

「それは、あの、お付き合いしたいんですけどって、そういう意味なんですか? それともなんか、今の自分の気持ちをただ言った……みたいなそういう表現的なあれなんですか?」

「そうだね、一緒に食事に行ったり、デートしたり……電話したりとか、したいなあと思ってる」

 え、へえええええええ!!

「あの、芸能人の人って大変じゃないですか!?」

 いやまあ、一番に思ったから聞いたんだけど。

「何が?」

「いやまあ、買い物とか……色々……」

「意外にバレないもんだよ。ちゃんと変装してるから」

「あ、はあ……」

「皆テレビの印象しかないからね。テレビと違うと気づかないんだよ」

「そうなんですか……」

「うん、そんなもん」

「……」

「芸能人だから嫌?」

「え゛、いや、そういうわけでは……。正直、うーん……。でも別世界の人だとは思ってます。ハルトさんは」

「そういうのは別にして。僕が芸能人だとかそういうことはね、今は置いといて。男として、スキとか嫌いだとかは?」

「……私にとってハルトさんはテレビから出てきた存在だから……こう、人間というよりは、テレビの人みたいなそんな感じでですね……男性か女性かというところも、正直ピンとこない……」

「に……人間ですらないんだ……」

「でも仕方がないですよ、私、テレビで見てた方が長いから」

「そっか……」

「え、この前、食事に行ってとか色々、楽しかったですか?」

「うんもうめちゃくちゃ」

「はあ……」

「楽しくなかった?」

「いえ、あんな美味しいお店につれて行っていただいて、ほんとに楽しかったです」

 人というか、店?

「あそう……。ま、今日は……とりあえず一旦帰ろうか。また今度、食事にでも行きたいな」

「え、あ、そうですね……」

 この状態で食事……絶対ユウジも誘おう。

「一昨日初めて会って、本当可愛くて……素敵な人だなあと思った」

 私、思いっきり吐いてバテてましたけど、そういうのが良かったんですか?

「いいよ。今は僕に興味なくても……。落とすから」

 さすがに目を見て言われるとドキリと響いた。現実離れしたようなセリフに、時が止まってしまう。

「え……」

「半分は、もう好きだと思うな……」

 気づかなかった。ほんとに。

「あ……」

 と思ったときには、既にハルトの髪の毛が頬に触れるくらいの距離で。

 ただ触れるだけのキスに、ハルトは気持ちを込めるように、ゆっくりと時間をかける。それが、なんだが心地よかったせいで、伏せていたままの目を私は静かに閉じた。

「……こっち見て」

 唇を合わせたまま目を開けるのが嫌だったが仕方ない。私は少し視線を上げた。

しかし、すぐに逸らす。

「かわい」

 ハルトは1人満足したかのように唇を離すと、今度はちゅっと頬に口づけた。

 もちろん全てのキスは、無断だ。

 なんとなく、キスされた頬に手をやる。

「あんまり可愛かったから、つい」

 にこやかに笑いながら、大きな手は頭を撫でている。

「……私の、何が可愛くて、何が素敵なんですか?」

 あんまりやられっぱなしで少し癪に障ったので、聞いてやった。

「話してる表情、とか雰囲気かな。女の子らしくて可愛いというのも確かにあるけど、人間として、人として可愛い人だなと思う。好みなんだろうね」

 ま、それぐらいしか取り得はないですよ。

「そうですか」

「うん、そう。ほんとに、好きな人だよ」

 まだ出会って3日目の私の何が分かる……。もしかしたら、すごい凶悪犯かもしれないのに。

 ハルトは満足したらしく、ようやくハンドルを握り、アクセルを踏み込む。

車が大通りに出て、安定したところで、こちらから話しを始めた。

「まず、お友達から始めませんか?」

 から、と言ったものの、その先がどういう風に待ち受けているのかは自分でも分からない。

「お友達……」

「だって私ハルトさんのこと何も知らないし。ハルトさんも私のこと何も知らないし。だから、だから……。だって、どんな人か知ってからの方がいいと思いませんか? 好きとか嫌いとかいうのは」

「それは、今は好きじゃないって意味?」

「そりゃ……今突然あの、だからつまり、抱かれたいほど好きかって聞かれたらそれは違うと思います」

「うん、そうだね。僕は抱きたいほど好きだけど」

 あの、あなたの意見は聞いてませんからね。

「あの、今考えたんですけどね」

「うん」

「友達と恋人と何が一番違うかっていったら」

「うん」

「エッチするかしないかの差だと思います。いや、内心的にはいろいろありますけど、こう、分かりやすい行動面でいえば」

「まあ、一番分かりやすいところではあるよね」

「はい」

「……で?」

「……えーと……えっと」

「いいよ、思ってること言ってくれれば」

「だから……、ハルトさんのこと、嫌いだとは思ってません。全く。だけど、好きだからまた今度食事に行こうって言われたら……ちょっとどうしよう、というか……。だから、お友達として食事に行きませんか?」

うんそう、つまり言いたいのはそれなのだ。好きだから食事に行こうと誘われて、大して好きじゃないのに行きにくい、というか。

「………。お友達として……。それは僕の好きって気持ちはなかったことにして、という意味?」

 うわー、また核心をついてくるなあ……。

「いや……あの、私だって………」

 だってそうでしょう? 好きだから食事に行こうって言われて、行ったって、こっちが好きじゃなかったら、相手に悪いじゃん……。

「いいよ。序所に好きになってくれればそれで」

 ハルトはずっと落ち着いていた。こちらの内心もかなり読んでいるように思う。

「好きになってくれるだろうなって、少しは自信あるから」

 まあ、こんだけの有名人というだけで、大半の人が好きになりそうな気はする。

「……」

「また、連絡してくれる? 食事したくなったら」

 えー、私からですか?

「私は……いつでもいいです。ハルトさんに合わせます」

 その方が気が楽でいい。

「いつでもいい?」

「仕事の時間じゃなければいいです。私は昼間しか仕事しませんから。遅くても10時には終わっています」

「分かった。じゃあ、明日はどうだったかな……。けど、明後日なら大丈夫だったと思う。遅くとも、明後日の夜までには一度連絡するね」

 几帳面なのはA型だからだろうか。

 ドライブの時間はおよそ1時間程度で切り上げ、ようやく帰宅できた。ごく普通のマンションの前に、目立つ外車は停車し、アイドリングになる。

「はい、分かりました」

「ありがとう。今日は楽しかった」

「こちらこそ……どうもありがとうございました」

 何に対する感謝だと思いながらシートベルトを外そうと手を動かす。

「待って。外してあげる」

 嘘、それってズルくない?

 ハルトは大きく身体をひねると、自らの左手をアタッチメントの部分に当て、右手は助手席シート、つまり私の左肩部分、顔はその隣の状態。

 私は思わず顔を右側に背けた。
 
 カチッと外れる音がする。

「おやすみ」

 直後、首筋にキスをされた。

 さすがにそれはやりすぎだろうと、首筋で手を押さえ、思い切りドア側に身体を寄せる。

「あれ、怒った?」

「若干」

「ウソ!? ごめんね。これでもセーブしたんだけど」

「ちょっとひどくないですか? 私、友達からって言ったのに。友達ってこんなところにキスしなくないですか?」

 こんな程度のことで怒りたくなかったが、なんだかとても腹が立ってしまって。

「そうだね。ごめんね……」

 今言った側から、狭いシートの中で強引に自らの両腕を私の身体に絡ませ、腰を引き寄せるように抱きしめてくる。

「私、友達からって、友達からって……」

 抵抗するべく、身体をハルトから離すように捩る。

 だがそんな意見などまるでお構いなしで、左手で腰を掴み、右手は私の左手首をシートに押さえつけ、唇に近よってくる。

 私は思わず顔を背け、シートに沈み込むように距離をとる。

「友達からって。僕はちゃんと分かってるから」

 掴んだ手首から段々手が上に上がり、指と指を絡ませてくる。

「けど僕は……」

 腰にまわす手に力が入った。

「好きだからね」

 今日何度目かの同じセリフ。そう言われても、気持ちがなかなか……追いつかないんだってば。

「……」

「じゃあまた。必ず……連絡するから」

 暗い中で、あまりにもその瞳だけがぎらついていて、目を合せることなど到底でない。

 徐々に身体が離れ、触れられていた部分がすぐに冷たくなっていく。

「あ……じゃあ、そろそろ帰ります。送っていただいてどうもありがとうございました」

 逃げるように、車のドアを開けて出る。

 そしてドアの外で一度軽く会釈をして、マンションの中へ入った。もちろん、彼の車はしばらく動かない。それすらも全て、好きの一部だとでもいうように。