彼は、生まれながらの『王子』だったから。

 どんな災厄の渦中に投げ込まれようとも。

 どんな不幸が彼の身を犯そうとも、弱音を吐くことは許されなかった。

 もし、彼の側に、牢番が一人でも付き添っていたのなら。

 キアーロは鎖で縛られた、痛みのための吐息をつくことさえできず。

 最大の虚勢でもって、苦痛を笑って耐えなければいけないはずだった。

 ……だから。

「……ま……だ」

 マシか。

 痛みを、痛い、と呻くことが出来る分だけ。

 声がまともに出なくなるほど、弱り切り。

 ココロの中で、そう、うそぶくキアーロのすぐそばを、水滴が落ちる。

 特別な一滴ではない。

 地上に降った雨が、地面に落ちて。

 彼が捕らえられている地下牢まで染み込んだ、ただの水だった。

 けれども。

 それは、彼にとって、命の水に等しかった。

 この地下牢に、水滴がしみこむほど雨が降った、ということは。

 雨神が、生贄であるキアーロ王子を気に入った、という証だったから。