イデアーレ王国とリベルタ国が勢力を二分する、クストーデ大陸には、めったに雨が降らないのにもかかわらず。

 たまたま降った冷たい雨に体温を奪われ。

 リベルタとの国境付近で、死にかけた黒猫は、狩りの最中に通りかかった、キアーロに拾われたのだ。

 それから猫は、体力が回復して以来、キアーロから片時も離れず。

 自分の寝所を王子のベッドの中に定めるくらい、懐いていたけれども。

 今日に限っては、キアーロの怒りを敏感に察知したのか。

 背中を丸めたまま距離を置き、彼には、一歩たりとも近づきはしなかった。

 そんな、殺気だった自分の職場に居たたまれず。

 ぴしりと礼服を着こなして、見事な手際で王子の世話を焼く侍従長は、こっそりとため息をついた。

 なんで、キアーロが怒っているのか。

 その理由が、もし、侍従長の予感通りなら。

 彼の王位継承権が剥奪されてもおかしくないほどの罪だったけれども。

 それを問いただす権限は、ただの召使であるマウロには無かった。

 朝から、怒りに身を焦がしているものの。

 淡々と普段通りの生活をこなしているキアーロの前で、マウロが一人、取り乱すことはできず。

 やはり、傍目からは、いつもと変わらない様子で。

 一日にちの終わりに、王子が飲むお茶の用意をしている時だった。

 キアーロは、とうとう乱暴にテーブルに両手を叩きつけて、立ち上がった。