万尋は一言も発さぬまま歩き続けた。

 りいもその後を追いかける。

 軽く一刻は歩き続けたころ、とうとう京市中を外れ、鴨川に突き当たった。

 万尋は河原に降り、丁度橋の下で足を止めた。


「…道満様が、どうなさったと」

「相変わらずせっかちな奴だな」

 万尋は口元を歪める。

「そんなに聞きたいなら単刀直入に言うぜ。蘆屋道満はもういない」

 予想をはるか超える言葉に、りいの思考は凍りついた。

 数秒の無言を経て、やっとからからに乾いた声を喉の奥から押し出した。

「…嘘だ」

 万尋がさらに笑みを深くする。

「それが、嘘じゃねえんだなあ。なんせ、この俺が殺ったんだからよ」

「嘘だ!道満様は強い!道満様はッ…」

 激高するりいを見て、万尋はとうとう声を漏らした。

「ひゃはは、単純な奴…見ろよ、ほら」

 ぞんざいに放られたそれを受け止めて、りいは息を呑んだ。

 道満の錫杖の飾り。見間違えようもない、もう何年も側で見てきたものだ。

「…なぜ、」

 力なく尋ねるりいに、万尋は不気味なほど優しげに声をかける。

 いたぶることを愉しむように。

「…代替わりだ。今回はあまり穏便には行かなくてなあ…だが俺は勝った。次の<蘆屋道満>は俺さ。なあ、お前俺のもんになれよ」

「なん…だと」

 りいは思わず顔を上げる。

 その刺し殺すような視線すら、万尋の愉悦を深めるだけだ。

「<道満の従者>。立場は変わらねえだろ?もうひとつ…お前は生かしとくと色々邪魔でな。だが俺はお前のことは気に入ってるんだ。殺すのは勿体ない。…あと数年もすればいい女になりそうだしなあ」

「…頷くとでも思ったか!」

「もちろん、思わねえよ。だから力尽くで連れていくまでだ」

 万尋はにやついたまま、懐から符を抜き出す。

「ふざけるなっ…」

 りいも刀を抜き放った。


 ふいに、川面で魚が跳ねる。

 それを合図に、西日の射す河原で、戦いが始まった。