あやかしが近くなる。りいは足を止めないまま抜刀する。

 走る勢いすべてをのせて、まずはひと太刀振り抜いた。

 普通ならその太刀筋を見ることすら能わない。

 にもかかわらず、あやかしは―近くで見ると大きな猿のような姿をしていたが―素早く反応して身をかわした。

 それでも完全にはよけられず、刃は浅くあやかしを傷つけたが。

(速い…っ)

 りいは軽い驚きを覚えつつも、なおも二回三回と斬撃を加えてゆく。

 形勢を見ればりいが押しているが、りいの攻撃はかする程度だ。

 かといって猿に似たあやかしが攻撃してくる様子もない。

 (…埒があかぬ!)

 りいは刀を一旦おさめ、懐から符を抜き出す。それを拳に巻き付けて、跳躍した。

 全体重に体のひねりを加えた、渾身の一撃を…地面に、叩き込む。

 りいの打撃力に符の力が加わり、拳を中心に衝撃波が広がった。

 その動きは予想外だったか、あやかしは地震いのような衝撃をかわしきれない。

 足が止まったあやかしに、りいは符を投げ付けた。

 狙いあやまたず、符はあやかしに張り付いて炸裂した。

 だが、致命傷ではない。たたらをふみながらあやかしが体勢を立て直す。

 あやかしが次に見たのは…りいの抜刀だった。

 鞘走りで加速された高速の斬撃。もはや一筋の光線にしか見えない。

(…よし)

 りいは自分の策略の成功を確信した。

 はたして刀はあやかしの腕に吸い込まれ、確かな手応えを返してきた。

 あやかしは苦悶の声を漏らし、とうとう腕を振り上げた。

 りいは機敏に飛びのいて鋭い爪をよける。

(…いま、何か)

 その腕の下から何か…鮮やかな、布のようなものが見えた気がした。

 だが再び開いた距離のせいではっきり見えない。

 その距離を幸いとしてか、あやかしは踵を返した。

「逃がすか!藤影っ」

 すかさず、札を飛ばす。藤影が飛び出した。

 …が。藤影に指示を飛ばす前に、りいは妙な背中の粟立ちを覚えてあたりを見回した。

 そして息を呑む。

 月を背景に、黄金の、妖狐と見えるあやかしが立っていた。