「…なんだ」

 りいは訝しげに振り返る。

「ほんとごめん。実はりいと話したくて呼んだだけなんだ」

「はあっ?」

 思わずりいの声が裏返った。腕の疲れが蘇ってくる。一体自分はなんのために…

「お前、なあ…!」

「あのさ」

 文句が口をついて出るのを、晴明が遮った。

「こないだ買い物に行ったとき、何かあったよね」

 一見問い掛ける形をとりながらも、その口調は断定に近い。

 あのことは話していないはずだが、と思いながら頷く。

「…あやかしだった?それとも…」

「ま、待て!」

 晴明の矢継ぎ早の問い掛けになんとか口を挟んだ。

「私は何も…藤影が騒いだんだ、でもすぐ気配が消えたようで」

 肩の藤影も肯定の鳴き声をあげる。

「…そっか」

「しかし、それがどうした?まさか何か…」

「ううん、少し気になっただけ」

 りいが聞くと、晴明は即座に首を振るが、少し考え直したあとで再び口を開く。

「…よくわかってるわけじゃないんだけど。ちょっと騒ぎになってるって言ったじゃない?…りいが見てるかなと思って」

「…そうか。役に立てなくてすまない」

 りいは萎れる。晴明の期待を裏切ってしまったと思うと心底申し訳ない。

「いや、全然。駄目元だったからさ、気にしないで」

 晴明はにっこり笑って、りいの肩を軽く叩いた。

 だが、すぐにその笑みは消える。

「…でも、気をつけて。気付かないうちに逢ってるかもしれない」

 真剣な顔で囁いた晴明につられて、りいも表情を引き締めた。

 「ああ…大丈夫、これでも術師の端くれだ」

 晴明に心配をかけまいと、わざと強い語調で言う。

 しかし、晴明の表情は晴れない。りいはなぜか居心地悪くなる。

「それより、私と話したいなら文にでもしてくれ。いちいちこれでは敵わん」

 ぎこちない冗談を付け加えると、ようやく晴明の頬がゆるんだ。

「…まったくだ。今度からそうするよ」


 だが、その瞳に浮かんだ思案げな色は最後まで消えなかった――。