普段は近寄ることを許されない高貴な部屋の前で、モモは悩んでいた。
 来いと言われたのだから行くしかない。
 けれど今は真夜中、扉の向こうにいるはずの人物は、同じ召使いの少女達があこがれてやまない、王国軍の騎士団長。
 夜に男性の寝室を訪ねるという行動が、いかに決心を必要とするか。
 相手が分かってない、とは思わない。
 だが、しかし。
「うぅ、なんて顔でお会いすればいいの」
 顔が熱を持ち、赤く染まっていく。期待と困惑と微かな恐怖心。乙女心というのは複雑だ。もう何分も棒のように立っている。廊下は寒いし、手足は冷える。けれど最後の一歩を踏み出すのが怖くて仕方がない。
「あーん、もぅ! 知らないんだから!」
 引き返せないのだと自分に言い聞かせるつもりで叫び、扉をノックすべく右手を振り上げる。目をつぶって、腕をおろした。
 ぽすん。
 軽い感触、手触りの良いシルクの生地。
「ようこそ、お嬢さん」
 大きな手が、小さな拳を包み込む。
 見上げた先にある満面の笑顔。
 太陽に祝福された金色の髪と、大草原を写した碧玉の瞳。見慣れている甲冑を着込んだ姿でも、正装をしているわけでもない。白地に金の刺繍が施されたゆったりとした衣服を身にまとった相手は、この国を守っている騎士団長その人だった。
「アレクシス様! も、申し訳御座いません」
「手が冷えてるね。長い間、立っていたようだけれど、どうしたの?」
 うぅ鋭い。
 優しい言葉遣いだが、何故もっと早くにこなかったのだと責められている気がしてならなかった。なぜなら、目が笑っていないから。
 さっきの雄叫びが部屋の中まで聞こえたに違いない。こんな夜更けまで寝ずに待っていた青年は、扉の前でさんざん悩んでいたモモに今更気がついたという訳だ。
「えっと、特に理由はないんですが」
 嘘だ。
 ありすぎて困っていただけだが、口に出せない。
「理由もなくて、私を待たせたまま部屋の外で立ちっぱなし?」
「そ、そうじゃないんです! ただその、うぅ」
 借りてきた猫のように身を小さくした。
「ともかく入って。暖炉の側へおいで」
 導かれるまま部屋の中へと招かれる。