「千奈美、なんか元気なくなくな~い?」


 啓子による千奈美の告白から数日。
 クラスメイトたちも千奈美の異変に気づき始めていた。

 以前と変わらないように振舞っているけれど、物思いにふけったり、俯いて溜め息をついたり、お弁当もほとんど食べてない。

 昨日の調理実習じゃ、途中で具合が悪くなったからと教室を出て行ってしまった。
 千奈美がお手洗いで吐いていたことを、私と啓子だけが知っている。


「彼氏とケンカでもしたのかなぁ~」


 なにも知らないクラスメイトも心配して、あれこれ詮索しだす。
 けど、誰も千奈美の妊娠には気づかなかった。

 テレビなんかじゃよくありそうな、もしかして……っていうことは起こりそうにない。
 食べ物の匂いに吐いたって誰もつわりなんて思ってもみないし、心配するのは体の不調だけ。
 それが、十七歳という年齢だった。
 これが既婚者のお姉ちゃんだったら、もしかして……っていうシーンもあったのかもしれないけど。


「さあ、どうだろう」


 なにも気づいていないなら、私もなにも気づいていないふりをする。
 千奈美が妊娠を打ち明けたのは私と啓子だけなんだから、言いふらすわけにはいかなない。
 曖昧な返事でお茶を濁す。

 でも、よく分かんないというのも本当だった。

 あの日以来、私たちと啓子は千奈美とほとんど話せていなかった。
 千奈美と二人っきり。
 もしくは、啓子を含めた三人っきりになる機会がなかったから。

 言いふらすわけにはいかない以上、教室とかでそのことについて話すわけにもいかなかった。

 私と啓子にだけ打ち明けてくれたってことは、私と啓子に相談に乗ってもらいたいって気持ちがあるとは思うんだけど……

 まだ親や夏樹くんに話していないってことで怒られるとでも思ってるのかな。
 確かにそれは正論だし、話さなきゃいけないものなんだろうけど……

 でも、言えない気持も分かる。
 私はそんな正論を言ってあげられるほど正しくない。

 話していたクラスメイトと入れ替わりに、今度は啓子が近づいてきた。


「朋絵! 帰りに千奈美を拉致るから、協力ヨロシクー」


 そして、朗らかな笑顔でさらりとトンデモ発言をされた。


「やっぱり待ってるだけじゃだめだね~。やっぱり、こっちからも働きかけないと!」


 拉致とは不穏な言葉だけど、公園での質問攻めといい、珍しく啓子が頼もしく見えた。
 やっぱり、経験の差だろうか。


「気長に待ってあげたい気もするけどさー。やっぱり、時間って大切だし」


 その言葉が、胸に突き刺さるようだった。

 保健の授業で習った、中絶できるタイムリミットは妊娠何週目までだっただろう。
 千奈美は今何週なんだろう。
 千奈美もやっぱり、啓子と同じように中絶するのかな……

 私たちが手をこまねいている間にも、赤ちゃんは千奈美の中で大きくなっていく。
 千奈美が望もうが望むまいが、母になった千奈美の体は赤ちゃんを育んでいく。