――その男は上空からものの見事に整備された町並みを眺めていた。

碁盤状に広がった町、夜にも関わらず活気あふれる繁華街――

さらさらの黒髪を風になびかせながら腕を組んだ男は、その町――平安町から視線を外して、橋を隔ててもうひとつある町の方に目を遣って八重歯を見せて笑った。


「なんだこの違いは」


浮浪町――そう呼ばれている、都の中にあるもうひとつの町。

平安町は平民、貴族共に豊かな暮らしを送っているが、浮浪町はその名の通り、平穏な暮らしとは程遠い流民や盗賊などごろつきが多く住んでいる吹き溜まりのような町。

明かりは上空から見えるものの、平安町に比べると圧倒的に少なく、そして怒号のようなものも聞こえていた。


「黎(れい)様、本当にここに住み着くつもりなのか?俺反対」


「うるさいぞ牙(きば)。俺が住むと言ったら必ず住む。嫌ならどこかへ行け」


「俺が黎様から離れるわけねえじゃん。なんせご主人様だからな!」


牙と呼ばれた男は金色の目に頭の左右にふかふかの白と黒のまだらの耳がついていて、尻にも同じ色の尻尾がついていてゆらゆら揺れていた。

とても背が高いが黎と呼ばれた男も同じほど高く、後頭部をがりがり掻いて浮浪町を隅から隅まで見ていた。


「なんでここに住むことにしたのか聞いてねえんだけど」


「最近帝が死んで、神職に就いていた一人娘が帝の座に就いたんだと。巫女や坊主は美味い。人はとても美味いのにその上にもっと美味いとなれば食ってみたいだろうが」


「徳を積んだ人は美味いっていうもんな。俺は元々人に憑く狗神だったから呪い殺して食うこともあったけど…術師に殺される寸前で黎様に救われてから悪事はやめたんだ」


「それで俺に憑いたわけか?呪い殺すつもりなら今すぐお前を殺すぞ」


「違う違う!俺は黎様の強さに惹かれたんだ。俺の忠誠心を信じろ!」


…妙なものに懐かれてしまった。

黎は切れ長の黒瞳をきらきらさせて帝の住む御所である内裏を見つめた。


きっと美味いはずだ。

本当は人など食わずとも生きていけるのだが、人は嗜好品。


女はやわらかく美味い――それが元巫女ならばもっと美味いはず。


「ひとまずは住む場所だな」


やる気満々。