このバー『Moderato(モデラート)』に通い始めるきっかけはそんな木下先生のひと言から。

「とりあえずナンパされておいで」だなんて。

翌日の勤務終了後におすすめのバーがあるってことで連れてきてもらった。

多少のドレスコードがあるって聞いていたからワンピースにハイヒール。
最近ではしたことのない格好だ。
病院じゃ白衣だし。通勤にスーツだって必要ないし。
メイクもヘアスタイルも清潔感第一。まあ、第二はラクチンってことで手を抜いていた感は否定できないんだけど・・・。


「木下先生、いらっしゃいませ。今夜は綺麗な方をお連れですね。美知子は大丈夫ですか?不倫しての修羅場は勘弁してくださいよ」

お店に入るなり、若いバーテンダーのお兄さんが声をかけてきた。

不倫、修羅場なんて私もごめんだ。それ以上にこの木下先生と不倫はあり得ないんだけど。

「冗談はやめとけ。彼女はうちのスタッフの水沢さん。これからたまに一人で顔を出すからよろしく。で、こっちのバーテンダーはうちの嫁の弟のアツシ」

私が不倫、修羅場の単語にフリーズしていると、隣で木下先生が笑っていた。

「失礼いたしました、不倫の話は冗談です。水沢さん、今後ともよろしくお願いいたします」

アツシさんも笑っていた。

そうだよね、私と木下先生が不倫とか本当にありえない。

木下先生は奥さんに一目ぼれして猛アタックの末交際に持ち込んですぐに婚姻届けにサインさせたって知ってる。

奥さんの美知子さんはもとナース。今はたまにしかクリニックに顔を出すことはない。
結婚10年目の今も奥さん大好きを公言している木下先生に不倫はないだろう。