「兄さん、お騒がせしました」

「いいよ、ユイユイが幸せなら」

虹島から帰って二週間たった金曜日。

私と蒼大くんは、迷惑を掛けた原くんと三人で、駅前の居酒屋にいた。

懐の深い原くんは、私たち同期の女子の間では『兄さん』と呼ばれていて、本当に頼れる同期だ。

「しっかし、ユイユイがいなくなって聞いたときの松嶋の焦りようったらなかったぞ」

「もういいから。黙って食べろよ」

恥ずかしそうな蒼大くんにからかいの目を向ける兄さん。

「ま、こうやってふたりが一緒にいる姿が見られて安心したよ。もう隠したりしないんだろ?」

「ああ」

力強く蒼大くんがうなずく。

今回の婚約者の噂を払拭するために、蒼大くんは私が婚約者だと、噂について尋ねられると答えるようになった。

そのおかげで、私たちの交際はすっかり社内に認知されてしまい、私も知り合いに会うたびに「おめでとう」と声を掛けられている。

「それで、きょんちゃんと小春っちには話したの?」

「うん。電話で少し」

蒼大くんと相談して、ふたりには結婚することになったとだけ告げている。

今は産まれたばかりの赤ちゃんのことで忙しいだろうし、私の出生のことは、時期をみて話そうかなと思っている。

「それにしても、逢沢社長の決断力はすごいよな。やっぱ大企業のトップって感じがしたよ」

「でも、変に噂されてあることないこと書かれるくらいなら、自分から言うっていうのは正しいと思う」

兄さんのことばに、蒼大くんもうなずく。

先日、蒼大くんが御曹司だと知るきっかけとなった経済新聞の連載が、今日から父の半生を振り返るものになったのだ。

その一回目に、父が語ったのは、私の存在。

もちろん、私の名前を書いていたりなんかはしないけど、ずっと存在を知らなかったこと、知ったからには陰ながら守っていきたい。そう書いてくれていた。

『遅かれ早かれ、蒼大くんと結婚したら結衣ちゃんのことは知られると思うから、私の口から公表しておきたいんだ』

私を守るため、そう決断してくれた父。