時は経ち、私が松嶋くんと知り合ってから六度目の春を迎えていた。

就職して六年目、二十八歳になった私たちは、社会人として新たなスタートを切っていた。

この四月の人事異動で、私は総務部の人事課に、そして松嶋くんは社長秘書として配属されることになったのだ。

今まで働いてきた製造部とは異なる仕事をすることに不安もあったけれど、一か月経った今では、とてもやりがいを感じている。

松嶋くんの方も今までの営業職とは異なる業務に戸惑いもあったようだけど、元々頭も良くて何でも出来る彼だから、すっかり秘書として仕事っぷりも板についている。

営業で走り回っていた頃よりも、本人の意識もあるのだろうか。若干、落ち着いた感じのスーツを着るようになって、社内では『王子度が更に増した』と大評判。

六年前よりも松嶋くんファンが増えてるようで、私の心の中は正直穏やかではない。

松嶋くんからは私と付き合っていることを隠したくない、と言われてはいるけれど、それを断っているのは私だから、心の中がざわついていることは言えずじまいだけれども。

「どうした? 結衣ちゃん。大きなため息なんかついて」

思わずため息をついた私の前に、美味しそうな匂いをさせるマフィンとミルクティーが置かれる。

「なんでもないよ」

「何かあったら俺にちゃんと言うんだぞ。結衣ちゃんは、俺の恩人の娘さんなんだから」

「ありがとう、清志兄ちゃん」

私の言葉にニカッと笑う、メガネをかけたこの男性は、私の行きつけのカフェを経営している清志(きよし)さん。

母の塾の生徒だった清志兄ちゃんは、高校時代に少しだけ荒れていたことがあって、その時に母が親身になって助けてくれたことをずっと感謝しているという。

その縁もあって、清志兄ちゃんが奥さんのなつみさんと開いたこのカフェには、オープン当時から母ともよく訪れていた。

夫婦ふたりだけで開く小さなお店。

『ふたりの目が行き届く範囲で』というふたりの思いが溢れたこのカフェは、全部で十席しかない。

清志兄ちゃんとなつみさんの心温まる接客と、美味しい焼き菓子と飲み物に誘われて、のんびりした時間を過ごしにお客様は足を運ぶ。

松嶋くんと初めて一緒に来た時に、清志兄ちゃんは目を丸くさせたけど、今は『結衣ちゃんを任せられるにふさわしい人物だ』と松嶋くんを大絶賛している。

「今日は結衣ちゃんひとり?」

買い出しから戻ってきたなつみさんに聞かれて、私は首を横に振る。