好きな人ができたのなんていつ以来だろう。職場の人に憧れて、あとになって相手が既婚者だとわかったあれが最後だったのかもしれない。もともと私は恋愛には淡泊なほうで、略奪愛なんてもってのほか、まずは相手がフリーでないとお話にならない。気持ちを伝えるまえにすっと身を引いてしまう。
 営業職を離れてからは、日頃の行動範囲が自宅と会社の往復にプラスしてナオの家くらいと狭くなって、男とか女とか関係なく出会いそのものが減っていた。まえはもう少し活動的だった気がする。若くて元気だったというのもあるかもしれない。


 私は瑛主くんに伴い、午後発の新幹線に乗っていた。昨日の夕方、一泊二日の出張を急遽言い渡されたからだ。瑛主くんと一緒に行くはずだった営業職の女の子が盲腸で緊急入院し、代わりを探したものの行ける人が見つからず、それならと私に白羽の矢が立ったのだった。
 私を推したのは瑛主くんだ。営業の人が行くべきなのでは、と及び腰の私に、姫里だって営業部の一員だし、セミナーも毎年恒例のもので参加してもしなくてもいいような緩い内容で、各支店からの出席の頭数を揃えるのが肝要みたいだよと、いい加減に背中を押してくださった。

「うちの支部としては欠席者出なくて済むわけ。いてくれるだけで助かるんだから、堂々としていればいいよ。一応、俺もいるし」

「一応って……そっちを先に言おうよ。交通費だってタダじゃないんだしさ」

 そんなやりとりをしたものの、それなりに期待をしていたのも正直なところだ。恋を意識した途端の、瑛主くんと一泊二日。荷造りをする手が何度も止まった。


「寝てていいですよ。着いたら起こします」

 車両内でお弁当を食べ終えるとやることもない。荷物になると思って文庫本を持ち込まなかったのは間違いだった。かといって仕事の資料を広げたのでは、隣にいる人はくつろげないだろうし。

「昼寝できる気がしない」

 通路側の瑛主くんがちらりと私を見た。

「姫里こそ寝たら? 見張っとくし」

「見張る? なにを。むしろ見張りがいるのは瑛主くんでしょ」

 瑛主くんは乗車してからこっち、二人の初老女性から声をかけられている。昔の朝ドラに出ていた俳優に面影があるとかで、その人を若返らせると瑛主くんみたいになるのだそうだ。要は似ているらしい。