戻ってきたのは、飲み会の席だった。
 意識を取り戻してすぐ、肌に感じる空気が違うとわかる。
 夏の学校の空気はどこまでも澄んでいた。深呼吸して、身体中に行き渡らせたくなるような清浄さだった。
 都心のバルは、さまざまな匂いを凝縮した空気だ。目には見えないけれど、全く違う。

 もしかしてこの店が位置する空間に、現在と過去をつなぐ扉があるのかもしれない。
 過ぎた時間をやり直したい、現実を変えたいと強く願ったとき、その扉が開き、修正すべき時代へと跳べる。
 わたしの前にも、個人的な歴史を変えたお客さんがいたりして。
 そんな仕組みを冷静に考えられるほど、わたしはタイムリープに慣れていた。


 向かいの席には遥人と航の二人。
 ラフな服装で、リラックスした表情だ。
 遥人は黙ってビールを飲み、航は辛子と蜂蜜で料理にアレンジを加える(そして見逃してくれる店員)。何もかもがいつも通りで、とても貴重な光景に思えた。
 壁に立てかけられた楽器を横目で確かめる。

「未波、あんたそんなに酒弱かったっけ? 卒論追い込みで寝不足?」
「そうかも」

 亜依が店員を呼び、水の入ったコップを頼んでくれた。
 わたしは現状把握のために、亜依に訊ねる。

「今日って、どういう趣旨の飲み会だったっけ」
「あーもう、寝ぼけすぎ。年末のライブに向けて、決起集会的な?」
「ライブかぁ……」
「就職活動のせいでしばらく休んでたからね。身体がなまってるかも。卒論も終わったし、これから本腰入れるよ」
「……そっか。あ、わたしも卒論終わってたりしないっけ……?」
「そんな都合よく現実を改ざんしちゃ駄目だよ」

 ずばっと亜依に言われた。航が笑う。