つまり、上気した肌の、その色、ということだ。それだから私は、彼女の白い肌にすっと赤みのさすところを想像した。彼女の形の良い唇が、花の蕾が解けるように緩む様子や、白い首につく赤い痕を、まるで目の前でそれを見ているかのように想像することができた。私の想像力が極めて高いから、というのではけしてない。彼女の立ち居振る舞いは、けして艶っぽいという訳ではないのだけれど、そういうことを想像しようとしてたやすく想像できるくらいには色気がある、と表現して間違いがない。

 彼女は悪戯っぽく笑った。
 「ね、ちょっと口にするのは躊躇うわ。」
 私は彼女の手元を覗き込んで、その文字を追う。彼女は躊躇うと言って、でも、小さく、本当にとても小さく、内緒話だとしても小さい声で、その色の名を呟く。
 「そうだね」
 と私は同意して、いくつか思うことがあったのだけれど、たとえば、「つまり、あれだ、上気した頬の色、ってことかな。色っぽいね」とか何か、反応として伝えたいいくつかの思いがあったのだけれど、それを言うのをためらった。

 そこで私はふと、とある本の一文を思い出す。主人公の女性が友人の家を訪ね、トイレのドアと間違えて寝室のドアを開けてしまう。するとそのベッドサイドには生花を生けた花瓶があった、というような内容だ。

 たとえば、そのベッドサイドに花瓶を置く彼女を想像する。けれどどうしてか私の脳裏の彼女は必ず玄関先に花瓶を置いてしまう。広く明るい玄関に、無意味に置かれた小さな装飾用のテーブル。猫足で、綺麗に磨かれている。その小さなテーブルに、彼女はそっと花瓶を置く。その花瓶をじっと見て、それから、向こう側の鏡に映った花瓶とテーブルの様子を眺める。その背後に自分も映っているのだけれど、多分彼女はそこに映っている自分自身のことは見ないであろう。

 ほの暗い廊下の向こうに開いた扉のさらに向こうに、青々とした芝生が広がっているのが見える。日を燦々と浴びて枝を伸ばした楓。その枝影からすっと猫が現れて庭を横切る。その気配に彼女はきっと我に返って髪を揺らす。肩に掛かったカールがクルッと遊ぶように揺れる。彼女はぼんやりとしていて、何を考えているか分からない。きっと、何も考えていないのだろう。

 台所へ向かう彼女のスリッパの音は、磨かれた廊下に沈む。彼女の手入れされた踵。形のいい足首。大きな家のどこからから、彼女を呼ぶ声がして、彼女は「はああい」と高い声で答えて足早になる。

 彼女の閨、はどんなだろう。ともう一度私は想像しようと試みるけれど、どうもうまく行かないまま、目の前のフォームドミルクを乗せたコーヒーが冷めてしまったようだ。

 コンパクトを丁寧に入れて、パチンと口金を閉じる。彼女はそれをお気に入りのバッグにしまってティーカップの細い取っ手を優雅につまんだ。長い睫が音を立てたみたいに一度ゆっくり瞬いて、それから、彼女の横顔をじっと見ていた私に初めて気づいたようにこちらを見る。目が合う。彼女はニコリと笑う。上気したようなチークをはたいた頬にえくぼが浮かんだ。