『先輩、別れましょう』

泊まった日から
半月、俺は自ら
別れを告げていた。

場所は裏門。

『悠真、何で……』

困惑してる。

そりゃそうだ、
告白したのも俺で
その俺に
今度は別れを
告げられてるんだから。

『俺のこと飽きたのか?』

普通はそう思うよな。

『違います』

そう、
俺は飽きたわけじゃない。

これには理由があった。

泊まった次の日、
先輩と同じ学年
つまり三年生の一人が
あの日の会話を
録音していて
俺を脅してきたのだ。

別れる変わりに
その録音データを
消すと約束させた。

『飽きたんじゃ
ないなら別れるなんて
言わないでくれ』

縋る様に俺の
制服の上着の裾を
握って来たが
その手をそっと
外し、嗚咽を漏らし
泣き崩れているであろう
先輩に何も答えないまま
俺は教室に戻った。

放課後、
例の先輩に
別れたことを報告して、
その場であのデータを
消してもらった。

しかし、そいつは
「オレが学校に居る間に
復縁したら安海に
何かするかもな」
と言って来たのだ。

その日から俺は
先輩との連絡を
一切絶った。

卒業式まで耐えれば
また付き合える。

その時に先輩が
俺のことをまだ好き
だったらの話だけど。

何かが起こることは
薄々分かっていた。

そして、今回の様な
ことが起きた。

先輩の
居ない生活は
俺の体調に
多大な影響を与え
別れてから
一ヶ月経った頃
寝不足とストレスで
授業中にぶっ倒れた。

その日は、
運悪く母さんが
家に居ない日で
迎えに来たのは
架凜さんだった。

そういえば、
保健室の先生には
先輩と付き合ってたのを
知られてたんだった。

「悠真君」

二時間目の途中に
ぶっ倒れたから
誰にも見つかることなく
学校を出られた。

『すみません
迎えに来て
もらってしまって』

帰り道、
架凜さんの隣を
歩きながら謝った。

「そんなこといいのよ
でも、尚斗と別れた
理由は訊かせてね」

まぁ、そうなるよな。

『分かってます』

先輩が居ないのに
家にお邪魔するのは
当然初めてだ。

「何時もの所に
座って待っててね」

俺の特等席となっていた
椅子に座った。

「はい、どうぞ」

少しすると
架凜さんが
紅茶を二人分持って
戻って来た。

『ありがとうございます』

何時飲んでも美味しい。

「それで、
何で尚斗と別れたの?」

一ヶ月半前に
あったことを
架凜さんに話した。

「じゃぁ、
悠真君は尚斗を
護るために別れたのね」

そんな
大層なことじゃない。

俺が先輩を護れる
自信がなかったからだ……

「そんなに
思い詰めないで」

架凜さんはいい方に
捕らえてくれて
更に励ましてくれる。

『別れた後の
先輩はどんな様子ですか』

訊く権利はないと
分かってても
気になってしまう。

「そうね、
今の悠真君と
同じ様な感じよ」

少し悲しそうな
顔をして答えてくれた。

「尚斗がね
『悠真に嫌われても
俺はずっと愛してる』
って言ってたのよ」

先輩……

あんな酷い
別れ方したのに
何で……

いつの間にか
俺は泣いていた。

「悠真君は
尚斗が卒業したら
また付き合う
つもりある?」

答えなんて決まってる。

『勿論です』

気持ちは変わらない。

「そう、よかったわ」

泣きつづける俺に
ティッシュを
差し出してくれた。

一枚取り、
両目から
流れ出る涙を拭った。

「ねぇ悠真君、
今日、
泊まって行きなさい
そして、二人で
ちゃんと話しなさい」

明らかに戸惑った
表情(かお)をしてる
俺を見て架凜さんは
「大丈夫よ」と言った。

架凜さんの
押しに負けて
泊まることになった。

夕方、
普通に学校を終えた
先輩が帰って来た。

『お帰りなさい』

俺が居ることに
驚いているのだろう。

『悠真……?』

たっぷり十秒
沈黙した後に先輩の
口から出たのは
名前だけだった。

『そう、俺ですよ』

笑顔で答えると
鞄を放り投げて
俺に飛びついた。

『わぁ』

倒れそうになるのを
どうにか踏ん張り
先輩を受け止めた。

身長は俺の方が
若干高いから
先輩を腕の中に収めた。

リビングの真ん中で
立ったままも
疲れるからと
部屋に向かい
入った途端
座らせられ
何事かと思ったら
先輩にキスされた。

『会いたかった』

唇を離し、俺の目を
真っ直ぐ見て言った
先輩は架凜さんの
言う通り、寝られて
いないのだろう、
目の下に隈が出来ていた。

『俺も、先輩に
会いたかっです』

俺は、あの日から
今日に至るまでの
経緯を話した。

『そいつの
名前とかクラス分かるか?』

先輩の目は
怒りに満ちていた。

『確か……』

その先輩の
名前とクラスを伝えると
一層顔つきが悪くなった。

『せ、先輩?』

こんな先輩は知らない。

俺にもクラスメイトにも
何時だって優しい先輩が
怒りに満ちた顔で
こめかみに青筋立てて
イラついている。

『悠真』

低い声で呼ばれ
肩が小さく跳ねた。

『はい』

声が震えて
裏返ってしまった。

『その馬鹿は明日、
俺が黙らして
来るからヨリ戻してくれ』

怒りながらでも
言ってくることは
俺への懇願だった。

『分かりました
今日からまた
宜しくお願いしますね』

ぎゅっと抱きしめ、
先輩が弱い耳元で囁いた。

その後、「夕飯よ」の
声が聞こえたから
二人で手を繋いで
リビングに行けば、
それに気付いた
架凜さんが嬉しそうに
笑ってくれた。

「よかったわね」

それは、俺たち二人に
向けて言われた言葉で
ヨリを戻すのを
分かってた様に
夕飯は豪華だった。

『先輩、架凜さん
これからまた
宜しくお願いしますね』

お辞儀をすると
架凜さんが
俺たち二人を
抱きしめてくれた。

『でも先輩、黙らすって
どうするんですか?』

俺が訊くと先輩は
人の悪い笑みを浮かべ、
口元に人差し指を
持って来てシーの仕種をし
「秘密だ」とだけ言った。