時が流れるのは早いもので、あれからいくつもの季節が過ぎていった。

その度に演奏会シーズンも巡ってきて、数え切れないほど1人きりでステージを上っては音を響かせてきた。

かくいう今日も演奏会で、これから本番だ。

私は今楽屋にいて、鏡の前に座り、じっと自分の顔を見ていた。

数年前にも私はここに来て、この楽屋のこの鏡の前に座った。

大好きな、大好きな先輩と一緒に。


コンコンとノック音と共に、スタッフが入ってくる。

「華原さん、そろそろ時間です」

「はい」

私は短く返事をすると楽屋を出た。

この会場の楽屋から舞台裏へと続く廊下は、まるで迷路のように入り組んでいて分かりにくい。

私も初めて来たときは迷子になりそうになった。


そして訪れた本番前の舞台裏。

そこは光のない真っ黒な世界だ。

反響板を挟んだ客席からの声が私の心臓を急かす。

大丈夫と心を落ち着かせていると、声をかけられた。

「いや〜、華原さんすごいですな〜」

振り返るとそこにいたのは、ここ、ルナ・プリンシアホールの館長さんだった。

ここの館長さんはとてもフレンドリーで、本番前は必ず全ての出演者、スタッフと会話をするという話は有名だ。


「華原さんは本当にすごい。我がホールの単独公演最年少記録を6つも更新された」

「あはは…ありがとうございます」

愛想笑いを浮かべた。

本当は違うけれど、と心で呟く。

「じゃあ本番も頑張って」

館長さんはそういってまた別の人に話しかけている。

私溜息を吐いた。

いや、分かっている。皆の記憶にはないのだと分かっている。けれど、溜息を吐かずにはいられなかった。

私は本当の最年少記録保持者などではない。

本来ならさらに3つ、最年少記録が更新されるはずだった。


藍羅先輩だ。


藍羅先輩が更新する予定だった。

しかし藍羅先輩はリハーサルの時に自分達の世界に戻ってしまった上に、皆が藍羅先輩を忘れてしまったので、記録も記憶もないのだ。

え?どうして私が藍羅先輩のことを覚えているのかって?

それは後から七星先輩と北斗先輩に教えてもらったんだけど、
藍羅先輩が願いを叶えようとしたあの時、私とデューク先輩がありったけの思いを込めて叫んだからだったんだ。

私の夢巫女の能力と、デューク先輩の超能力の力が、藍羅先輩を忘れさせようとする光とぶつかって、相打にしたのではということらしい。

その証拠に私は夢巫女の能力を失い、デューク先輩も超能力は使えなくなったそうだ。

私は元から落ちこぼれ夢巫女だったし、当然私宛ての依頼も何もこないので特に変わりはない。
あぁ、おばあちゃんによるあの地獄の特訓がなくなったくらいで、良いことはあっても悪いことなど何もない。

私とデューク先輩の力を犠牲に、小規模だけど中和反応に近い現象が起こって藍羅先輩を忘れなかった。ただそれは、あの時大ホールに居た人だけだった。

つまり藍羅先輩を覚えている人間は、私、ウサギ、乙葉、七星先輩、北斗先輩、デューク先輩、ディナちゃんだけ。

それ以外の人はみんな忘れてしまったようだ。現に私のおばあちゃんに尋ねても知らないと言われた。

藍羅先輩は亡くなった。

存在も、その歌声すらも、忘れ去られてしまったのだ。

すべては好きなひとの願いを叶えるために。