巫女衣装である朱い袴を身に纏い、長い黒髪を後ろで一つに束ねたお母さんがまだ幼い私を修行の間に呼び寄せた。きっと仕事が終わった後なのだろう。

『月子』

お母さんはふわりと私のそばに寄り、微笑むとしゃがんだ。私と同じ目線に合わせてくれている。

『なあに?おかあさん』

いつもと違う母の様子に少し戸惑いながらも問うた。

『…月子はピアノが好き?』

『すき!』

即答だった。

『ピアノもおんがくも、だいすきだよ!』

『そう。それは良かったわ』

これからも続けるのよ、と微笑む母に少し戸惑ってしまった。こんなにも近くにいるのに、すぐ目の前にいるのに、なぜか凄く遠くに感じた。

『これから話すこと、よく覚えていてね』

そしてお母さんは一呼吸するとまた話し始めた。それは優しい声で。

『どんな時もね、月子、貴女が選ぶのよ』

『えらぶ…?』

言っている意味が分からなかった。

『そうよ、月子、貴女が選ぶの。どんなに辛い時も苦しい時も、自分で選ぶの。選ぶことから逃げないでね。

どちらを選ぶのか、それはとても難しくて、どちらを選んでもきっと辛いと思うわ。けれど、他の何に囚われることなく、他者の言いなりになることなく、貴女が自分で選ぶのよ。

でもね、心配しなくても大丈夫。どんな選択をしても、いつも貴女は独りじゃない。必ず皆が支えてくれるわ』

『おかあさん…わたしはなにをきめるの?』

けれどお母さんは笑うだけだった。

『ずっと覚えていて。どんなに困難なことがあっても、貴女が自分で選ぶの』

お母さんは私の頭を優しく撫でてくれた。