午前7時45分
まだ人気のない校門を抜けた智香は、教
室には入らずに北校舎裏の自販機へ向か
う。
ボタンを押すのは決まって野菜ジュース
だ。


自販機の近くの休憩スペースのベンチで
のんびり飲んでビタミンを摂取すれば、
まだ少しだけ残っている眠気が吹き飛ん
でいく。


これは高校二年生になってからの日課で
あり、1日の学校生活の中で素の自分で
いられる時間だから大切にしていた。


今から放課後まで美人で優しい、クラス
の皆から好かれる中沢智香を演じなけれ
ばならないのだから。


朝は人が来ない北校舎裏に5月の穏やか
な風が吹き混んでくる。
その風に合わせるように智香の長い黒髪
もたなびいた。


野菜ジュースを飲み終われば、今度は鞄
から手鏡を取り出して身だしなみをチェ
ックする。


髪がほつれてたり顔に何か付いていたり
したら私の普段のイメージが台無しだ。



「ふぅ……」


ひと心地つくと携帯で時間を確認する。
時刻は8時10分。

そろそろかと呟きながら智香は重い腰を
上げた。


さぁ、どうしようもなく見栄っ張りな私の
1日が今から始まる。