血液内科医の神崎光司は医局のデスクでコーラを飲みながら学会の準備をしていたが、いつものようにPHSのコールに邪魔された。
「もしもし、神崎です。」
「神崎先生、お疲れ様です。外線で、市立総合病院の工藤先生からお電話です。」

「工藤、久しぶり。元気にしてる? 今日はどうしたの?」
「神崎、実は、今日は症例の相談なんだ。」
「優秀な工藤先生が症例の相談とは、きっと難しい症例なんだろうね。」
「20歳女性、白血球数5万、ヘモグロビン6、血小板1.5万・・」
「白血病っぽいね、それって。」
「神崎、そっちで診てくれないだろうか。」
「今、満床なんだが、石神先生に聞いてみるよ。とりあえず、名前と生年月日を教えといてよ。」
「工藤美結、僕の妹の・・。何とか助けてほしい。」
「え、あの美結ちゃん? もう二十歳になったのか。石神先生に確認してすぐ、連絡するよ。少し、待ってて。」

 神崎はすぐに石神のPHSに連絡した。石神は即答で、R大学医学部附属病院にすぐにきてもらうよう、神崎に指示した。

 1時間後、工藤健と美結とその両親がR大学病院に来てすぐ、4階西病棟に入院となった。神崎にとって美結とは何年ぶりかの再開で、もうすっかり大人になっている美結を見て驚いたが、思い出にふけっている時間はなかった。美結は大学病院に来てすぐに採血を受けた。

「1週間前からふらついて、今日、兄の病院を受診したら、すぐにここに来るように言われて・・」
 美結は風が吹けば飛んでしまいそうな可憐な女性であった。
「今、血液の病気が疑われています。血液のもとになる細胞は骨髄で作られるので、まずは骨髄検査をする必要があります。局所麻酔はしっかり使いますが、痛い検査です。ただ、これをしないと診断がつきません。頑張ってください。あと、貧血がひどいのと、血小板が少ないので輸血が必要です」
 神崎は美結が小さい頃から知っているが、今はあえて丁寧語で話をした。
「分かりました。よろしくお願いします。」

 骨髄検査の準備をしている時に再び、神崎のPHSがなった。
「血液検査室です。さっきの工藤美結さん、芽球が9割近く出ています。」
「そうですか。ロイケミー(Leukemia, 白血病)ですね。」
 この段階で美結の病気は血液のがんである急性白血病と診断がついた。