「ちょっと待って」

カメラのレンズを望遠に変えつつ僕は言う。


「いーや」

くすくすと楽しそうに笑いながら彼女は拒否の言葉を口にした。

そしてその言葉通りに彼女は僕を置いて歩いていく。軽やかな足取りはまるで踊っているようだった。


「あなたが勝手に撮ってるだけじゃない。私は何も気を使わなくていいって、言ったのはあなたでしょう」

くすくす。


草木も眠る丑三つ時。世界は闇に包まれていた。人っ子一人居ない商店街のアーケードの中を、彼女はステップを踏むように歩いていく。いつだったか言っていた。私の頭の中は常に音楽が流れているのよ、と。


「そうだけど……っあーもう」

手早くレンズを交換し、前を歩く彼女に向けてそれを構える。

望遠レンズに変えたのは、彼女の長く繊細な睫毛を撮りたくなったから。飛んだり跳ねたりする彼女の睫毛に焦点を合わせるのは至難の技だが、跳ねる方向を正確に予測した上で連写すればできないことではなかった。なんだかんだ言って、僕と彼女の付き合いは長いのだ。彼女の飛び跳ねる方向を予測することは僕の特技と言ってもいい程だった。