気づいて欲しかった⁇


何をーー⁇




私を抱きしめる腕はますます強さを増す。



「…亮⁇」



「俺、昔ね、すっごい田舎に住んでたんだ。
両親が仕事で忙しくて、ほったらかし。で、おばあちゃんの所で世話になったんだけど



俺はその田舎で馴染めなかったんだよね。
いっつも、学校の図書館で一人、本読んでた。」




小さく笑いながら、
彼は幼い頃の話をする。



「本当はね、めちゃくちゃ寂しかった。
子供ながらに孤独というか…

馴染めないってすごく辛いんだよな。」




きっと、今だから言えるんだけど…

と付け加えて、また笑う。


その瞳はどこを見ているのかわからない。



「でもね、ある日突然、
家に1人の女の子が泣きながら、
『助けて』って来たんだ。
雨がすごい日で、子供が外を出歩ける日なんかじゃない。

でも、その子、同じ学校の子で、泣きながら俺に言うわけ。

『橋の下で怪我した犬がダンボールにいるの。でも、雨もすごいし、重くって運べなくて…

セナくん、いっつも、図書館で動物の本読んでるから…

お願い、わんこを助けて…』



って。」






私は、はっとした。



知ってる。


知ってたんだ。


私はそのセナくんを…



小さいから、瀬名なんて漢字知らなかった。


だから、わからなかったんだ。






「…奏、思い出した⁇」




ふふっと、亮が笑う。




「…ばか。早く言ってよ。」




小さいころの記憶って曖昧だ。



だから、私は、セナくんの名前を覚えてなかった同じ学校の子覚えてないと思う。


【図書館のセナくん】は地味で眼鏡をかけていて、いつも動物の本とか、医学書みたいなものを読んでいた。



誰とも話をしない人だった。



話しかけにくかった。






でも、私は彼にお願いした。

犬を助けてほしいと。




子供だったからこそ、すっごく勇気が必要だったと思う。



けどセナくんは、そんな緊張を吹き飛ばすくらい優しかった。



『大丈夫だから』って
手を引いてくれたのを思い出した。






その後、
犬は無事助かって、私たちは少しだけ仲良くなった。



時々、動物について話したり、
私の好きだった大きな樫の木に登って、
海をみたり。








「その時に、奏、こういったんだよ?

『男の子なんて大っ嫌い』って。
隣に男いるのにさ」







そうだった、クラスの男の子たちに、女らしくないと茶化されて、セナくんに言ったんだ。あの樫の木の上で…




「…思い出したよ」





でも学年が上がり、クラスも変わり
言葉を交わす機会がなくなった途端、彼のことを忘れていたと思う。






それから間も無く、彼は両親のもとへ帰ったか何かで転校してしまった。


けれども、多分、彼のことを覚えている人はほとんどいないだろう。



ちゃんとさよならも言えず、去っていったセナくん。



人は2ヶ月で忘れるというのは
本当なんだね。