「ここ…か」


私はすぅ、と空気を胸いっぱいに吸い込んで、目の前の建物を見上げた。



ーーここが、今日から私が住む場所。

穴原荘(アナハラソウ)

ここは都会であるのに、何故かここのアパートは周りが森に囲まれていた。他の建物とは隣接しておらず、ぽつんとただずんでいる。アパート自体はそんなに大きいわけではないのだが、周りが広々としていた。

姉によると、安い家賃で住める場所らしい。話を聞くと、寮のような感じだとか。

どんな住人がいるのかワクワクしながら、私は自分の荷物を持ち上げた。

まず、家主さんと話をしなければならないのだが、その家主さんの姿は見当たらない。

どうしたものか、と頭を抱えていると、人が歩いているのに気がついた。

迷っていても仕方が無い。勇気を出して私はその人に声をかけた。


「あ、あの…」


恐る恐る話しかけると、その人は随分と、かっこいい人だった。

そのイケメンさんはこちらに気がつくと、にぱっと明るい笑顔を浮かべて、私に猛突進してくる。


「!?」


「幸子ちゃーんっ!!」


がばぁっと、初対面にも関わらず抱きついてきたイケメンさん。というか、幸子って誰だ。


「ひ、人違いでは…」


「俺が幸子ちゃんを見間違えるはずがないよー!初恋の人だもん!」


「いや、だから見間違えてますって」


維持でも離れないイケメンさんを何とか剥がそうとするのだが、中々離れてくれない。

ここの住人だろうか。だとしたら、こんな変人と一緒に住むなんてちょっと嫌だ。


「幸子ちゃあぁぁん!会いたかったよぉ」


「だから誰ですか幸子って…!」


私が困り果てていると、不意にふわりと香水の香りがして、目の前のイケメンさんが剥がれた。


「こらこら、レディーを困らせるなよ」


イケメンさんの首根っこを掴み、私を救済してくれたのは、色気たっぷりのお兄さんだった。


「お前、また眼鏡かけ忘れただろ。ほら」


お兄さんは、呆れたようにため息をつくと、自分の手元にある眼鏡をイケメンさんにかけてあげる。

眼鏡をかけて、視界がハッキリしたのか、イケメンさんは目をパチクリさせて私を見つめた。