「ごめんなさいね」
ボストンバッグを手に玄関を出て行く瀬奈に、紗織がすまなそうに声をかける。
「気にしないでください。姉や母の使ってた部屋がそのままなんで、大丈夫です」
「もう暗いから送ってくよ」
雨が降っているらしく、爽が傘を取って先に外に出る。
「快が落ち着くまではあっちにいます」
「ごめんな、瀬奈ちゃん」
瀬奈の後ろで爽もすまなそうに口を開く。
「本当に気にしないでください。それより――」
「快は俺が見るから安心して」
紗織と爽の悲しげな視線が瀬奈の胸を打つ、
「じゃ」
瀬奈が頭を下げ、爽と共に出て行く。ドアを閉めた紗織は思わずため息をついた。
静かな玄関、一階の客間のすぐ隣にある快の部屋。
「……」
紗織は快の身勝手な態度に対する怒りと、結果的に振り回されている瀬奈に対する申し訳なさ、そして、親としてそんな息子に何もできない絶望感の三つの感情が入り交じった何とも複雑な表情で、快の部屋のドアを見つめた。
喉元まで出かかっている言葉をどうにか飲み込む。
――怒っちゃ……いけない。
足音を潜め、唇を噛みながらリビングへ戻る。テーブルに、手付かずのまま放置されている快の夕食が、寂しそうにひっそりと、主が箸をつけてくれるのを待っていた。
――わずらわしい。
静かになった廊下に安心しながら、快はまた一つ、ため息をついた。
――うざい。
耕助や紗織、爽、そして瀬奈が、自分を心配している事を、快はちゃんと判っていた。が、今の快には皆のその気持ちや気遣い、視線が、とても苦痛でわずらわしく、鬱陶しかった。
今の自分は、皆に心配かける事しかできない……。心配してくれるんだろうなって思うけど感謝できない。
「く……」
シーツを握り締めて小さく唸る。名前のつけられない重く黒い感情が、五臓六腑を駆け抜けた。
――俺なんて……!